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パリは萌えているか⑦

「そなたもそのままでおれ」 「え?」 その時、ふいに後ろから声を掛けられた。 「あの、もしかして、あっくん?」 「へ?」 あっくん?オレ? 後ろを振り返ると、ものすごく懐かしい顔が笑っていた。 「ジル!?」 ここに住んでいた時からの友達のジルだ。 日本人とフランス人のハーフのジルは、日本語がペラペラで、ここに住んでいた時日本語が話せなくならなかったのは、ジルがいたからだと思う。 こんなところで会うなんて! あ、ジルのおうち、ホントにすぐそこだったよね、確か。 ここ何年か、お正月の挨拶くらいしか連絡を取り合っていなかったから、会ったのは何年ぶりだろう? 「うわあ!久しぶり!」 あまりの懐かしさにジルに飛び込むようにハグすると、すぐに後ろから皇に剥がされた。 「ちょおお!」 「え?あっくん、その人は?」 「ああ、えっと……」 何て言ったらいいんだ?友達?……って言うのは、何か、ちょっと……引っかかる。 「知り合いか?」 オレの肩を抱いている皇は、ジルを見てそう聞いた。 「あ、うん。ここに住んでた時からの友達で、ジル」 「ジル・ラヴァーニュです。え?あっくん、お兄さんいたの?」 「違うよ。えっと、クラスメイトで、その……」 「鎧鏡皇です」 皇はオレを後ろに下がらせて、ジルと握手をした。 「あ、どうも」 完全におかしいだろう、この扱い! ジルと皇の間に、何だか妙な空気が流れてる! 「え、ちょっ……幼馴染だよ?」 皇の背中に向けて小さくそう囁くと、皇は『そなたには危険を察知する能力はないのか』と、ため息を吐いた。 はぁ?何だよ?それ! 「危険って何だよ。ジルはホント小さい時からの幼馴染だよ?」 「それが何だ?奴はそなたを狙う気だ」 「はぁ?んなワケあるか!」 みんながみんなゲイだと思うなよ!幼馴染だぞ?狙う気、なんて失礼だろうが! 皇の背中からスルリと抜けて、ジルのもとに駆け寄った。 「ごめん、ジル。修学旅行で来ててさ」 「そうなんだ?ねぇねぇ、あの人あっくんの恋人?」 「うえっ?!」 恋人?!って……男同士だよ?どうしてそうなるの! 「違う?でも確実にあの人、あっくんのこと好きだよね」 「は?」 ジルは突然オレをガバっと抱きしめた。 「あっくん、男もイケたなら早く言ってよ!僕だって好きだったのに!」 「うおおおっ!」 幼馴染としてのハグなら大歓迎だけど、これ、意味違うっ!? ようやくオレは危機感に襲われた。 ちょっと!皇!助けて! 「昔っから可愛かったけど、ますます可愛くなった!」 ジルの顔が近付いてきた瞬間、オレの顔を大きな手が包んだ。 「うおっ!」 オレの顔を掴んでいる指の隙間から、ジルの眉間に何かを突き刺そうとしている皇の手が見えた。 「皇っ!」 何っ?!刃傷沙汰?!駄目だよ! 皇は低い声で『離せ』とジルに命令した。 ジルに向かう皇の雰囲気はもう、なんていうか……怖いよ! ジルが『物騒な彼氏だね』と、オーバーリアクションでオレから手を放すと、皇は『次は刺す』と言って、ジルの眉間に何かを突き立てていた手を下ろした。 いつの間に武器みたいなもん持ってたの?と、ヒヤヒヤしながらその手を見ていたら、皇が握っていたのは部屋の鍵だった 「えっ?!」 鍵?!アパルトマンの鍵じゃん! そんなんで脅してたの?次は刺すなんて言うから、どんな刃物を持ってるのかと思ったら……何なんだよ!もー! ……いや、でもこいつなら、そこは鍵でもいいの? 皇は『行くぞ』と言ってオレの手を掴むと、マルシェの中に入って行った。 ジルは何食わぬ顔でオレたちの後ろからついて来て、聞いてもいないのにオレの小さい時の話を始めた。 あっくんは小さいうちから可愛くて、僕の初恋だったんだとか、はーちゃんと二人で美人姉妹と有名だったのに、一緒にお風呂に入った時に男だって知ってショックを受けたとか、それでも好きだったのにとか、僕がゲイになったのはあっくんのせいだよとか、あっくんはこんな可愛い顔で気持ちがサムライだから諦めたんだとかとか……。 オレの手を握ったままの皇は、一定の距離を保ちながらついて来るジルを、追い払おうとはしなかった。 「あっくんが男好きになるなんて、絶対ないだろうと思って諦めたのになぁ」 「男好きになったわけじゃない」 「え?そいつ、女の子じゃないよね?」 「男が好きなわけじゃ……っつか、もう帰れ!」 ”男が好きなわけじゃなくて皇だからなの!”とか、普通に言おうとしちゃったじゃん! アブナイアブナイ!何を言わせるんだ!ジルめ!オレが好きだったとか……全然わかんなかった。 「まぁいっか。今付き合ってる人とちょっとケンカして飛び出して来たらさー、あっくんがいたんだよ。もう運命かと思うでしょ?……違ったみたいだけどね。帰るわ。二人を見てたら、帰りたくなった」 「は?」 「今度紹介するよ!またこっちに来た時はダブルデートでもしよう。それなら、その物騒な彼氏も怒らないだろう?」 「えっ?」 「じゃあね!会えて嬉しかったよ!また連絡する!」 「あ、うん」 ジルはそこであっさり帰って行った。 何だったんだよ、あいつ。 「そなた、わかっておろうな?」 そう言われて皇を見上げると、見るからに不機嫌マックスで……。 わかっておろうなって、何を? オレ、全然、わかってない、ですけど。 「余の忠告を無視して襲われるなど言語道断」 「え?」 「そなたには仕置きが必要だ」 うえええっ?!

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