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パリで一緒に②
「ケンカすんなよ」
ソファに寝転ぶ田頭に声をかけると『心配してんの?』と、笑った。
「ケンカじゃないよ。怒ってんのはあいつだけ。オレに言い返せないのがムカつくんだろ?案外プライド高いんだよな、あいつ」
「田頭……サクラのこと好きなんだよな?」
「ん?ああ……すげー好き」
「ぶはっ!」
田頭は、こんなハッキリ『好き』って言えるんだな。
「だから言いたい事は言い合うことにしてんだよ」
「そっかぁ。……なぁ、田頭」
「ん?」
「オレさ、お前たちのこと聞いてから、まだなんにも言ってなかったよな」
「何?」
「オレ……お前らのこと、応援してるから」
「なっ……んだよ、急に」
田頭はビックリしたあと『まぁありがとな』と、耳を掻きながら赤くなった。
そのあと田頭は、二人の馴れ初めだとか、サクラのどこがいいとか、サクラとの話をわーっとし始めた。
そういう話をしたくなる気持ち、わからなくもないけどね。
随分オープンになったって言ったって、やっぱり世間一般では、男同士とか、大っぴらに出来ないことのほうが多いわけで……。
それでもたまには、自慢したり相談したり、したくもなるよね。
うん。オレで良ければいくらでも聞いてやるからさ。
そのうち、怒っていたはずのサクラが部屋から出て来て、自然と会話に入ってきた。
その時には、いつも通りの二人に戻ってて、それを見てすごく安心した自分にちょっと笑えた。
やっぱりオレ、こいつらのこと応援してるんだなって、思って。
皇とふっきーが戻って来たのは、ここを出てから、一時間くらいあとだった。
「早くない?」
もっと遅くなるだろうと思ってたのに。
「すめ、特に見たいところがないって言うから、ご飯を食べてすぐに帰って来たんだ。観光は行く気がある人と一緒に行くに限るね。明日は一緒に行こうね?サクラ」
「あ……うんっ!一緒に行こう!」
お!
何かサクラって、オレと皇を応援するとか言ってるから、ふっきーと空気が悪いような気がしちゃってたけど……大丈夫みたい。
でもそれって、きっとあのふっきーの性格のおかげなんだろうなぁ。
ふっきーって、他人に嫌われない人だと思う。なんていうか、気が回るっていうか、空気読んでないようですごく読めてるっていうか。出過ぎず引っ込み過ぎず、絶妙な立ち位置っていうか。
候補の誰より、オレがふっきーを意識するのは……オレと一番近い存在だからっていうのもあるけど……ふっきーのことが、羨ましいからなんだと思う。オレとは全然違ってて、家臣さんたちに人気だし。皇はふっきーを選ぶんじゃないかって、どうしても思っちゃう。
母様は好きって気持ちが一番大事って言ってたけど……。
オレ、ふっきーには何も勝てる気がしないけど……皇が好きって気持ちだけは、負けてないって、思ってる。
でも『すめがよければそれでいい』なんて、自分より皇を優先出来るふっきーのほうが……すごい気がして……。
そんなことを考えながら、ふっきーとサクラのやり取りをぼーっと見ていると、隣から皇に声を掛けられた。
「まだ腹は減っていないか?」
「えっ?」
皇は手に下げた袋をオレに差し出した。
何か美味しそうな匂いがしてる。
その匂いを嗅いだら、急にお腹がグーっと鳴った。
「あ」
吹き出した皇が『食え』と、さらにオレに袋を差し出した。
「……ありがと」
皇がこういうことしてくれちゃうから、さっきまで拗ねてた気持ちも、あっという間に吹っ飛んでいっちゃうんじゃん。
ふっきーと二人で出掛けても、オレのこと、気にしてくれてたんだって……すごく……喜んじゃったりして。ホント単純だな、オレ。
皇が買って来てくれたのは、ほうれん草のキッシュだった。
これからオレの好物になっちゃうかも!だって、すごく美味しかったから。
夕飯を食べ終えたあと、みんなでリビングに集まって、日記と会計報告を書いた。
何か考え事をしているように、ソファの後ろで腕を組んで、みんなの作業を見下ろしていたサクラが、急に『ばっつん、がいくんの指、一本選んでみて』と、言い出した。
「はあ?」
何を真面目に考えているのかと思ったら、何を言い出すんだ?コイツは。
「がいくん、指出して」
「ん?」
皇は躊躇いもせず、素直に手を出した。
何で言いなりだよ!サクラのとんでもなさを知らないのか?何されるかわかんないぞ!
っていうか、オレに何をさせる気?!サクラ!
「はい、選んで」
差し出された皇の指先を見ていたら、さっきされた”お仕置き”が頭にふっと蘇ってきた。
「何赤くなってんの?ばっつん」
「べっ!別にっ!……んと、これ!」
照れ隠しに、さっと皇の薬指を選んで指すと、笑っていたサクラの口元が、完全に悪役だ、こいつ……みたいに、歪んだ。
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