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パリで一緒に⑥
「あ!姉上っ!姉上だってば!皇っ!」
サクラの悲鳴を聞いて、飛ぶようにやって来た皇は、あっという間にオレをはーちゃんから奪い取ると、背中に隠して、はーちゃんの前に立ち塞がった。
ちょおおお!ジルの時みたいなことになったら、はーちゃんが危ないっ!
オレは皇の服を思いっ切り引っ張って、姉上だと叫んだ。
「あ?」
「ほ、んもの……」
皇を見たはーちゃんが、小さくそう呟いたあと、ハッとして皇に深々と頭を下げた。
「あ、ホントだ。よく見たらばっつんそっくり!」
サクラは『ばっつんが朝から女の人にタックルされてるー!と思っちゃって』と、照れたように笑うと、はーちゃんに謝って部屋の中に招き入れた。
「……皇?」
オレを背中に隠したまま動かない皇を呼ぶと、小さくため息を吐いて、オレを見下ろした。
「何?」
「いや……無事で良かった」
そう言うと、オレの頭をポンっと撫でて、皇もリビングに入って行った。
「……」
ちょっ……ヤバイ!あんな優しげにされちゃうと……きっとオレ、顔、真っ赤だ!
オレは洗面所でザブザブ顔を洗ってから、リビングに向かった。
オレがリビングに入ると、はーちゃんは、オレと連絡が取れないから学校に問い合わせたのだと話し始めた。
学校ははーちゃんの問い合わせに『無事ですよ』とだけ言って、この場所を教えてくれなかったんだそうだ。
それでムキになったはーちゃんは、色々なコネを使って、オレの居場所を調べあげ、夕べ急いで夜行バスに乗って、今朝こちらに着いたのだと言った。
はーちゃん……何をそんなムキになって弟探ししてるんだよ。恥ずっ!
この旅行で会わなくたって、会おうと思えばいつでも会えるのに。
「あ!そしたらはーちゃんとこんな風に会ってたら駄目なんじゃないの?」
学校が居場所を教えてくれなかったってことは、会ったら駄目ってことだよね。
もうすぐ先生が朝の見回りに来ちゃう!
オレは急いで支度をして、はーちゃんと一緒に外に出ることにした。
玄関で靴を履こうとすると、はーちゃんは小さな声で『若様も一緒に行けない?』と聞いてきた。
え?若様って……皇のこと?
何ではーちゃんが若様とか言ってんの?
いや、そんなことより早く外に出なくちゃ!
「あ!あの。誰か一緒に来てもらわないと、駄目、だよね?」
はーちゃんと会ってる時点で、多分、修学旅行の禁止事項を破ってる気もするから、今更一人行動禁止なんていうのを気にするのもどうかと思うけど……。
皇を一緒に連れ出すには、そんな口実しか思いつかなかった。
チラリと皇を窺うと、ほんの少し口端を上げた。
「先程の詫びも兼ねて、私が同行しよう。先生には二人でマルシェに行ったとでも伝えてくれ」
皇が他のみんなにそう言いながら、オレの前に立った。
皇……オレが一緒に行ってもらいたいって思ってるの、わかってくれたんだ?
そう思うと顔が緩む。
いかん!デレデレしてる場合じゃない!先生が来る前に早く出なきゃ!
オレは緩む顔を引き締めて、二人と一緒に部屋を出た。
早朝から開いているカフェに腰を落ち着けると、はーちゃんはすぐに皇に頭を下げた。
「早朝からお騒がせ致しました。若様にもご心配おかけいたしまして、申し訳ございません」
さっきからはーちゃんが皇のことを『若様』と呼ぶのに、ものすごい違和感を覚える。
こんな風に頭を下げるとか……はーちゃんってオレと同じように、鎧鏡家のこと知らなかったんじゃないの?
「良い」
「恐れ入ります。若様がこちらにいらっしゃる間に、どうしてもお目通りを許していただきたく、八方手を尽くしました」
「えっ?」
ちょっと待ってよ!それって、はーちゃんが会いたかったのって、オレじゃなくって、皇?
何それ!
「女である私には、日本で若様へのお目通りは叶いません。ですがここでならと思い、非礼を承知で出向いて参りました。若様にどうしても、父の話を聞いていただきたかったのです」
「え?」
父上の?え?何?
「お時間いただいてもよろしいでしょうか?」
「許す」
皇はそう言って腕を組んだ。
「父が雨花様に奥方教育を施していなかったことが、問題になっていると聞きました。けれど父は、鎧鏡家への忠義心を失って、そのようなことをしたのではありません。それを若様に、どうしても伝えたかったのです」
「えっ?!」
どういうこと?何ではーちゃんが?しかもオレのこと『雨花様』とか呼んでるし。
「雨花の件は、問題になどなってはおらぬ。余は柴牧家 殿の忠義心を疑ったこともない」
「ちょっ……どうして父上がオレに奥方教育をしてなかったか、はーちゃんはその理由を知ってるの?」
はーちゃんの話に、皇以上にオレが食いついた。
だってそれは本当に知りたくて……なのに、ずっと父上に、聞けずにいたことだったから。
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