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パリで一緒に⑦

はーちゃんは『父が雨花様に奥方教育をしなかったのは、忠義心が薄いわけではなく、理由があったからなんです』と言ったあと『祖母と父の話を聞いて、私がそう解釈したに過ぎないかもしれませんが』と、前置きして話し始めた。 父上の父上……すなわちオレのおじい様は、父上が小さい時にすでに亡くなっている。 その話は、オレもおばあ様や父上から聞いて知っている。 でもその先のはーちゃんの話は、オレが知らないことばかりだった。 おじい様が亡くなったのは、父上がまだ話しもろくに出来ないくらい小さい頃で、そのため実質、家長不在状態になってしまった柴牧家は、鎧鏡の家臣としての役目を果たせないだろうと、その時の家臣団から言われたという。 家臣団について、オレは今までよくわかってなかったけど、はーちゃんの説明では、家臣の中から位に関係なく、実力で選ばれたお館様の側近集団のことで、この家臣団がしらつきグループを回しているんだそうだ。 その家臣団と対になっているのが、鎧鏡家が直々に家臣にした”直臣(ちょくしん)”と呼ばれる、鎧鏡の昔からの家臣で組織された”直臣衆”で、しらつきグループを守る家臣団とは別に、鎧鏡家本体、すなわち鎧鏡一族を護る役目を担っているという。 柴牧家は『直臣第七位』という、鎧鏡の直臣の中で上から七番目という位の高い一族で、柴牧家自体が家臣を何人も持っているのだそうだ。 その分、鎧鏡家の中でおじい様の持っていた権限は強く、責任も重かったらしい。 そんなおじい様の代わりを、まだ小さかった父上が出来るわけもなく、おばあ様は、おじい様が亡くなった時、家臣団から直臣第七位の地位を、他の家に譲るべきだと迫られたのだそうだ。 最終的に、その時のお館様である皇のおじい様が、摂政を付ければ問題ないと言ってくれて、柴牧家はそのままの地位を許されたらしいけど、女人禁制の鎧鏡一門で、母子家庭になった柴牧家が、直臣でい続けることはすごく大変なことだったそうだ。 おばあ様は、父親がいないからと馬鹿にされないよう、父上を厳しくしつけたようだけど、女性であるおばあ様には、どうしても父上に教えられないことがあったのだという。 それは、女人禁制の鎧鏡一門に代々伝わる、父親から息子にだけ密やかに受け継がれていくという、鎧鏡家臣としての暗黙のしきたりについてだ。 『奥方教育もその類のものではないのですか?』と、はーちゃんが皇に聞くと、皇は何度か小さく頷いた。 父上は、家臣としての暗黙のしきたりを継ぐ前に父親を亡くしたから、奥方教育をしなければならないなんてこと自体、長いこと知らなかったんだ。 そういう暗黙のしきたりがあることを、おばあ様はわかっていたらしいけど、他の家臣に教えてもらって、おじい様の代わりに父上に伝えるということが、どうしても出来なかったという。 おばあ様は、柴牧家の人間が、鎧鏡家について他人に教えを乞うなど、直臣第七位としての誇りを汚すことになると、考えていたらしい。 おばあ様は『鎧鏡家の家臣としての心得を教えて欲しいと他人に助けを乞うて、柴牧も落ちぶれたなどと言われるのが怖かった。何よりおじい様が大切にしていた家臣の誇りを汚したくなかった。けれど私がそんな無駄な意地を張ったせいで、あっくんが困っているかもしれない』と、オレが候補に決まった夜、オレを心配して、はーちゃんの前で泣いたそうだ。 一緒に住んでいる時は、二言目には『柴牧家の男子が!』なんて言っていたあの厳しいおばあ様が、オレのことをそんな風に心配して、泣いてくれたなんて……。 「奥方教育っていうか、オレ、鎧鏡家との繋がりすら、父上に聞いたことなかったよ?桃紙が来た時には、候補になるだけで何万石とか、浮かれてたのに……」 「父上はあなたに桃紙が来た時、今まで直臣衆の家から奥方様が出たことはないから、あなたが候補様に選ばれるわけないって言ってたわ。それどころか、あなたに桃紙が届くなんて、考えてもいなかったって……。父上はあなたが、こんなに早く鎧鏡家に関わることになるなんて、思ってなかったのよ」 「え?」 「私ね、ずっと前に父上が”自分が小さい時から柴牧家の家長として生きてきたから、息子のことは出来る限り自由にさせてあげたい”って、誰かに笑って話してるのを覚えてるの。父上にそんな風に言ってもらえる小さい弟が羨ましくてね。だから、よく覚えてる」 「そんな……父上、オレには一言もそんなこと、言ってなかったのに……」 「父上が鎧鏡家のことを話さなかったのは、あなたに家長としての重責を背負わせるのを、出来る限り先延ばしにしたかったからだと思う。多分ね」 はーちゃんは『父が雨花様に奥方教育をしていなかったのはそういう理由で、忠義心がないからではありません』と、皇に向き直った。 「わかっておる。心配するなと雨花の祖母に伝えて欲しい。雨花が鎧鏡を知らなかったからこそ、候補に選んだのだ」 「えっ?!」 それ……どういうこと?

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