211 / 584
パリで一緒に⑧
その時、皇が持っていた携帯電話が鳴った。
電話を取ってすぐ『あ?!』と、驚いた声を上げた皇は『すぐに戻る』と言って、電話を切った。
え?すぐに戻るって……。
「誰から?」
「藤咲からだ」
「サクラ?サクラが何て?」
「詠が病院に運ばれたそうだ」
「えっ?!何で?」
いつだか、皇がオレに渡った日、ふっきーが夏風邪で三の丸に運ばれたのを思い出した。ふっきーって案外、体が弱いのかも。
こんな寒いし、もしかしたらまた熱を出したとか?インフルエンザとかだったら大変だ。
「藤咲の説明では要領を得ぬが、肩が外れたのやもしれぬ」
「え?!」
肩が外れた?って……脱臼ってこと?熱出したとか、病気じゃなくて、怪我?え?何があったの?
「ちょうど先生が来ていた時だったようだ。心配要らぬであろうが、念のため余は戻る。そなたはゆっくりして参れ。せっかく姉上が訪ねてくれたのだ。何かあれば連絡を入れる」
皇はそう言って、オレの頭をポンっと撫でた。
「でも……ふっきー大丈夫かな?」
「肩が外れた程度なら心配要らぬ」
皇はオレに携帯を渡すと、はーちゃんに『すまぬがこれで失礼する』と言って、店を出て行った。
「……カッコイイイイイイ!!」
皇が出て行くと、はーちゃんが小さく叫んだ。
「は?」
「写真でしか見たことなかったけど、実際の若様って、めちゃくちゃカッコイイじゃない!何あれ?うっわー。ハーフ?じゃないよね?」
「オレも最初ハーフかと思った」
「だよね?うっわー、あっくん、あんないい男と玉の輿婚だなんて、シンデレラストーリー爆走中じゃない!」
「シンデレラストーリーって……」
オレは女の子じゃないっつうの。
っていうか玉の輿結婚って……決まってないし。
「これは、早く私、日本に帰らないと駄目っぽいなぁ」
「え?」
「失礼を承知で若様に会って良かったわ。パパの話を、若様に聞いてもらいたかったっていうのも本当なんだけど……奥方教育されてないあっくんが、どんな扱いを受けてるかっておばあ様がとにかく心配しててね。だから二人の様子を見に来たのよ」
はーちゃんはカプチーノを飲み干して『心配いらなかったわ』と、笑った。
「若様、ホントにあっくんのこと、すごく大事にしてくれてるんだなって、わかったし」
「えっ?!どこが?」
はーちゃんが来てから、皇に大事に扱われてるー!とか、思うような場面、あったっけ?
皇は年上のはーちゃんの前でも、相変わらず殿様らしい不遜な態度で、やっぱりこいつは殿様気質なんだな、とか思ってたくらいなんだけど。
「若様、あっくんが襲われてるって聞いて、真っ先に飛んできてくれたじゃない。それに、あっくんを見る目とか……すごく優しかった」
そっか。そうだった。サクラが叫んだあと、皇が一番に来てくれたんだっけ。
……確かに皇はオレのこと、大事にしてくれてる。
オレ、最近大事にされるのが当たり前になっちゃってて、皇の優しさに鈍感になってたのかも……。
「あっくん、戻りたいんじゃないの?お友達のこと、心配なんでしょ?」
「あ、うん。でも……」
「私の用事はもう済んだからいいわよ。遠慮なく行ってください、雨花様」
「あ!それ!雨花様と、呼ばないでよ。他人みたい」
「若様の前で、あっくんのこと、あっくんなんて呼べないわよ。若様が付けてくださった名前を使うのも、鎧鏡の家臣としての忠誠心を表すっておばあ様が言ってたわよ」
「そうなんだ?……っていうかそうだ!はーちゃん、鎧鏡家のこと知ってたの?」
オレは何にも知らなかったのに。
「おばあ様がよく話してくれたから知ってたわよ。女の私には関係ない話だと思ってたけど、こうなるとそうも言ってられないわね」
はーちゃんは『あっくんがお嫁入りする前には帰国しないとね』と言って笑った。
いやだからオレ、ホントに嫁になれるかわかんないし。
でも……。
「はーちゃん」
「ん?」
「会いに来てくれて、ありがと」
必死で探して会いに来てくれて、何してんの、なんて思ったけど……本当はすごく、嬉しかったよ。
「あら。そんなこと言うようになったんだ?……大人になったね」
少し前まで、大切にしてもらってることに気付かないくらい、それが当たり前だと思ってた。でも、そうじゃないんだってこと、鎧鏡家に来て、わかったんだ。
今度会えそうな時は、オレから会いに行くからね。
ともだちにシェアしよう!