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パリで一緒に⑩

「あ!そういえば、護身術教えてくれるって言ってたじゃん!いつ教えてくれるんだよ」 和室を貰って浮かれてて、護身術のこと忘れてた。 「そなたは護身術など覚えずとも、余に守られておれば良い」 隣を歩く皇の息が、真っ白く吐かれて消えていく。今日は曇ってるし、さらに寒く感じる。いつも体温が高めの皇の手が、オレの頭に軽く置かれて、オレの体温も、ほんの少し高くなったような気がした。 「はぁ?やだよ!オレも強くなる!お前が教えてくれないなら、梅ちゃんに頼むからいいよ。傭兵レベルになってやる!」 そう言うと、皇がふっと鼻で笑った。 「オレは本気だ!傭兵レベルだからな!」 皇は『それは楽しみだ』と言って、また鼻で笑うと、急にオレの肩を掴んで、ふっとキスをした。 ちょっ……ここ街中ぁぁ! キョロキョロしても、大通りからはずれたこの道に、人通りはなかった。 何、急に……サカってんだよ、バカ。照れるだろうが! 「……本気なんだから」 「梅が教えてくれると良いな」 皇がそう言ってオレの背中を軽く押したのを合図に、また二人で歩き出した。 皇を見上げると、口端を微かに上げている。 「あ!お前、梅ちゃんを止める気だろ?オレに護身術を教えるなって!」 「そなたは余をそのような人間だと思うておるのだな」 皇が大袈裟にため息を吐いた。 嘘臭い皇の小芝居に、内心笑いがこみあげた。 「そんなこと言って、お前、梅ちゃんのこと絶対止める気だろ!」 皇はオレをちらっと睨むと、ふっと笑った。 「そなたもいい加減、余の思惑を読むようになったな」 「やっぱり!何だよ!意地悪!いいもん。いちいさんに先生探してもらうから」 そこで、ふとオレの手を見た皇が『手袋はどうした?』と聞いてきた。 『持って出たつもりだったのに玄関に忘れたみたい』と言うと『誠、世話の焼ける』と言って、自分の手袋を外すから『片方だけ貸して』と言って、片方だけ受け取った。 皇の手袋はホカホカだ。すっごくあったかい。心までホッとして、護身術どうたらとか、皇の意地悪とか、もうどうでも良くなった。 『こちらも赤くなっておる』と、皇は手袋をしていないオレの手を取って、自分のポケットに入れさせた。 『片方だけ手袋を欲したのは余にこうさせるための布石か?』とか言って口端を上げるから『んなわけあるか!』と、ポケットの中で、オレの手を繋いでいる皇の手の平を、カリッと引っ掻いた。 ビクッとした皇が『そなたはスミより質が悪い』と、ポケットの中で、オレの手の動きを止めるようにギュッと握った。 「そこまで護身術が習いたいのであれば、誠、余が教えてやろう。……実践でな」 皇が、ニヤリと笑った。 護身術を教えるのに『実践でな……ニヤリ』って……どういうこと?実践って何だよ、実践って! ……嫌な予感がする! 「先生は、いちいさんに探してもらうから、いい」 「そうか。一位が先生を探してくれると良いな」 「ちょっ……お前!うちのいちいさんまで止める気か?!」 「どうであろうな」 そんな他愛ない会話をしながら、夕飯の食材を買ってアパルトマンに戻ると、みんなもすぐに観光から帰って来た。 ふっきーのお土産を買ってきたと、サクラがどでかい袋を掲げて見せた。 「でかっ!え?何買ったの?」 「クッション」 「は?」 パリ土産にクッションって……。 「ふっきーの痛い方の手を置くのに使えるかなぁって思って」 「おー!」 サクラって訳わかんないようで、案外色々気配り上手なんだよね。 「ねぇねぇ、それより今夜の夕飯は何?マミー」 サクラが首を傾げてそう聞いて来た。 「お前を産んだ覚えはない!……今夜はパリ最後の夜だし、サラダとブイヤベースと、あとはお肉でも焼こうかな」 何だかんだ色々あったけど、今夜が修学旅行最後の夜だ。今までケチって来た分、支給されたユーロに余裕があった。 少し豪華な夕飯を作るつもりで、食材を買ってきていた。 「僕も手伝おうか?」 「サクラは怪我しそうだからテレビでも観てな」 「えー!んじゃあ、僕の代わりにがいくんを助手につけてあげる」 「はぁ?」 サクラは皇をグイグイオレに押し付けて『ガンバ!』と言い放つと、田頭が座っているリビングのソファにボフンとダイブした。 「何をしたらいい?」 オレの隣に立つ皇は、買って来た食材を見ながらそう聞いた。 こいつこそ足手まといになる気もするけど……日本に帰ったらきっと、皇と一緒に料理をするなんてこと、もう一生ないだろう。 「んー……じゃあ、たまねぎの皮剥いて」 それくらいなら出来るだろうとお願いすると、皇はしばらく見つめていたたまねぎをどこまでも剥いていった。 「ちょおおお!剥き過ぎっ!」 お前にとってたまねぎはどこまでが皮なのー! そのあと、皇に手とり足とり料理指導しながら、一人で作るより数倍の疲労感を伴って、夕飯は完成した。

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