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雨の朝パリにキュン死す⑤

「雨花」 窓の外を見ながら、皇は急にオレの名前を呼んだ。 「ん?」 「日本に戻れば、すぐに期末考査が始まる」 「うん」 期末テストは、来週の月曜日から始まる。 この日程、絶対におかしいと思うんだけど。修学旅行から帰ってすぐに期末テストとか。 まぁA組の奴らには、そんなの屁でもないのかもしれないけどさ。 オレも高遠先生にみっちり勉強させられてるおかげで、期末テストの心配はそこまでしてないけど。 「期末考査のあと、お館様について学ぶことが多々あり忙しくなる。この先しばらく、誰にも渡らぬつもりだ」 三月はしらつきグループにも、決算期を迎える会社がたくさんあるんだと聞いている。 「ん」 「場合によっては、余の誕生日が過ぎるまで渡らぬやもしれぬ」 決算で忙しいのに加えて、皇は誕生日を迎える前、しばらく候補との接触を禁止されているのだと、駒様から聞いていた。 展示会で新たな候補を選ぶ時、オレたち候補の思念が皇の選択の邪魔をしないよう、誕生日前はしばらく皇に会ってはいけないって……。 会えないのって、一週間前あたりだけかと思ってた。こんなに早くから、会えなくなるかもしれないなんて……。 それより……皇はもうすぐ、新たな嫁候補を選ぶ……。 「……」 さっきのドキドキが、違うドキドキに変わっていった。 「雨花」 皇はオレの髪を撫でて、もう一度キスをした。 皇から雨が好きだと聞いてから、オレは雨花という呼び名が好きになった。 どうして雨花ってつけたのか、その理由は聞いてないけど……。 さっき、オレを候補に選んだ理由はあやふやだとか言ってたし、雨花って付けたのも、何となく、なのかもしれない。 でも……好きな"雨"を呼び名に付けるくらいなんだから、オレのこと……とか、ちょっと、自分の都合のいいように考えたりしてたんだ。 だけど……。 どれだけ自分に都合のいいように考えても、皇はまた、嫁候補を新たに迎える。 それが、現実なんだ。 新たに候補を迎えるってことは、今いる候補は、誰も嫁にはなれないって、言われている気がして……。 頑張ろうと思ってきた気持ちが、萎えそうになる。 「皇」 「ん?」 皇の目の前で手を開いた。 「どれか一本、指、選んで」 「ん?藤咲の真似事か?」 片眉を上げた皇はそう言いながら、躊躇うことなく、オレの薬指を引っ張った。 何、喜んでんだよ。こんなの、占いみたいなもんだって、思ってたくせに。 薬指を選ばれて、内心めちゃくちゃ喜んだりして……。 「これに何の意味がある?」 皇は、オレの薬指を軽く握った。 「……ううん」 意味を知らない皇に、薬指を選ばれても何の意味もない。 それでも……こんな占いみたいなものの結果でも、信じたくなる。 「そうか」 皇はまた口端を上げると、ポンっとオレの頭を撫でて、部屋を出て行った。 「はあ……」 ふっきーも駒様も、オレが選ばれた時、こんな気持ちになったのかな?あの人たちはならないか? 父上はあと二回、展示会があるって言ってた。 ってことは、展示会が開かれるのはもう決まっていることで、今いる候補からは選べないから、新たに候補を選ぶってわけじゃないとは思う。 そう思っても、またオレは、勝手に不安になっていくんだ。 だって……今だって全然自信なんかないのに。 皇、新しい候補様を、好きになるかもしれない。 そんな風に考えて、気持ちが萎えそうになっても、前みたいに、選ばれないだろうから皇のことを諦めよう……なんて、今はもうそんな風に思えないよ。 だったら……。 「っしゃ!」 もう、頑張るしかないじゃんか。 「ばっつん」 朝ご飯の支度をしていると、かにちゃんが一番早く起きてきた。 何だか神妙な顔をしている。 「ああ、おはよ。……どしたの?」 「やっぱり、このうち、何かいるんだ」 「は?」 「ふっきーの脱臼は、霊の仕業に違いない!」 へ?あ、ふっきーの部屋、クローゼットで何かガサガサしてたって言ってたけど……霊の仕業?嘘? 「え?見たの?」 「いや、音を聞いた」 「え?」 「幽霊出る時のラップ音とは違うんだよ。何かキィキィって変な音でさ」 「……」 それはもしや……。 「どした?ばっつんも聞いたのか?!」 かにちゃんが部屋にいて聞こえたんだったら、すぐ目の前の部屋の田頭とサクラがサカってた音に違いない。 「それは田頭と……」 「僕たちじゃないよ」 オレが言い終わらないうちに、後ろからサクラが飛び出してきた。 「うおっ!」 サクラは『僕たち昨夜はベッドでしてないもん』と、オレの耳元で囁いた。 「っ?!」 「はぁ残念!僕も聞きたかったなぁ、そのラップ音」 「いや、ラップ音とは違うと思う。だけど、あれ実際聞いたら怖えーぞ?」 二人は噛み合わない会話をしながら、洗面所に入って行った。 「……」 サクラと田頭がベッドでしてないとしたら、かにちゃんが聞いた音って……オレたち、の……? ……恥ずっ!

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