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梅生誕祭③

3月12日 晴れ 今日は梅ちゃんの誕生日です。 誕生会は、誕生日当日に行われるのが正式だという。 期末テストも終わった学校は、三月からずっと半日登校になっていた。 相変わらず皇は学校に来ていない。 すでに出席日数は足りているみたいだから、休んでいてもいいんだろうけど……。 皇は今、しらつきグループについて猛勉強中みたいだとふっきーが言っていた。 オレはといえば、相変わらず会計の仕事に忙殺されて、時間があれば生徒会室に入り浸りだ。 生徒会は二の次だ!梅ちゃんの誕生会に出る!とか思っていた割には、今日中に何とかしないと、来期の予算案が組めないっていう会計処理が残っていて、それはどうしても今日中にやってしまわないといけないという事態になっていた。 「……駄目だな、こりゃ」 オレは、梅ちゃんの誕生会開始の二時から出席するのを早々に諦めて、いちいさんに、誕生会に遅刻しますと電話をかけた。 午後 四時になろうという頃、オレはようやく樺の丸に向けて、廊下を足早に歩いていた。 樺の丸がもうすぐそこというところまで来た時、前方から団体さんがこちらに向かって来るのが見えた。 先頭を歩いているのは……皇だ。 「っ!」 二週間、顔すら見られなかった皇が、近付いて来る。 「雨花様」 後ろからいちいさんに声を掛けられるまで、オレはただただその場で立ち尽くしていた。 「あ、ごめんなさい」 そうだ。 若様の前で立ったままでいるとか、頭が高いって言われちゃうじゃん。 オレは急いで膝を折って座った。 「息災か?」 皇は樺の丸の屋敷に入らず、オレの前まで歩いて来ると、そう声を掛けた。 久しぶりに聞く、皇の声。 「……はぃ」 胸がつかえて、そんな短い返事さえ上手く出てこない。 「生徒会は忙しいようだな。今月は寄付金を多めに入れる。入用な物を買うが良い」 寄付金を多めに入れるって……やっぱり生徒会に寄付金を入れてくれてたのって、皇だったんだ? 「あ、ありがとう、ございます」 「若様、すでに遅れております。急ぎませんと」 駒様が皇の後ろからそう声を掛けた。 駒様、候補として先に出席してたんじゃないんだ? ってことは、今梅ちゃんのところには、ふっきーと誓様がいるってことかな? 今日は候補全員が揃うはずだって、いちいさんが言ってたから、ようやく誓様の顔が見られるかもしれない。 駒様にせっつかれた皇が『わかっておる』と立ち去ろうとした時、ポスンと、オレの目の前に何かを落とした。 「あ」 正座するオレの目の前に落ちてきたのは、懐紙入れだった。 黒地に金糸で鎧鏡の家紋が縫いこまれている。 「これ……」 正座したまま懐紙入れを拾って皇に差し出すと、振り向いた皇はオレの前でしゃがみこんで、懐紙入れを持つオレの手を握った。 「っ?!」 瞬間的に体を震わすと、皇は鼻で笑って、オレの白いベールをめくった。 皇の後ろにいる人たちからは、皇がベールをめくったのは見えないだろうけど……。 お前、こんなことしてていいの? 心配して視線を上げると、すぐ目の前にある皇の顔は、これでもかってくらい、優しく笑っていた。 「す……」 ”皇”って、声を掛けそうになって、あわてて口をつぐんだ。 皇は『本物か』と小さく呟くと、オレのベールを戻して、懐紙入れを受け取った。 『そなたも急ぐがいい』と言うと、皇は樺の丸の屋敷に入って行った。 皇に……触れた。 「雨花様、私共も急ぎませんと」 「あ……はい!」 うわ、自分の世界に入ってた!恥ずっ! 皇たちが入り終わるのを待って、オレたちも樺の丸の屋敷に入った。樺の丸は、松の丸に似た和風な造りだ。 通された部屋には、梅ちゃんと樺の一位さんだけがいて、他は誰も見当たらなかった。 あれ?皇とか、みんなはどこにいるんだろ? 遅刻の謝罪のあと、誕生日プレゼントのトレーニングウェアと時計を渡して、教えられた誕生祝いの手順を一通り済ますと、梅ちゃんに『どうぞこちらへ』と、別の部屋に案内された。 その部屋の扉を開けた瞬間、むわっと苔のような匂いが鼻をついた。 え?何?!この匂い……。 『どうぞ』と促されて部屋に入ると、部屋の中央に大きく穴が開いていて、そこに水が張られているのがわかった。 何これ? その穴の周りには、細い釣り竿が何本か転がっている。 え?釣り?こんな室内で? オレたちが入ってきたのを見て、穴の周りに座っていた人たちが一斉にこちらを向いて頭を下げた。 オレも急いで正座して、みんなに向かって頭を下げた。 「どうですか、雨花様。樺の丸自慢の釣り堀です。去年、陸上大会で一位になったお祝いに、若様にいただいたんですよ」 ほわー!またまたどんなプレゼントだよ。 満面の笑みで話す梅ちゃんに、オレも満面の笑みを返した。 これがふっきーとか駒様だったら、上手く笑えなかったかもしれないけどね。

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