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梅生誕祭⑤
これから30分の間に、候補とその側仕え二人が釣った魚の累計数で、勝敗を決めようというルールが発表された。それ以外のルールはなく、好きなように釣っていいらしい。
うちからは、釣りが趣味だといういつみさんと、料理をする魚を自分で釣ることもあるというふたみさんが出てくれることになった。
「頑張りますよ、雨花様!今はもっぱら海釣りばかりしておりますが、一時期、金魚釣りに入れ込んだこともありますので」
いつみさんがいつも黒いのは、釣り焼けだったんですね?
「金魚釣り?」
金魚すくいじゃなくて?
いつみさんはにっこりしながら、部屋の中央にある釣り堀を指差した。釣り堀の中を覗くと、チラチラと赤いヒレが動いているのが見える。
えっ?!金魚釣りって……この中、金魚がいるの?!
釣り勝負とかいうから、勝手にヘラブナとかコイとかかと思ってた。
うーん……小さい頃、釣りはやったことがあるけど、金魚釣りは初めてだ。
「金魚を釣るなんて何かかわいそうな気がします」
「金魚釣りは案外奥深いものなんですよ、雨花様」
いつみさんはどこか得意げに、金魚釣りのコツを簡単にレクチャーしてくれた。
「今回は数勝負とのこと。とにかく釣って釣って釣りまくりますよ!雨花様!二位 殿!」
「はいっ!」
金魚釣りにものすごい燃えているいつみさんが、スポ根マンガのコーチに見えてきた。
いや!でもオレ、絶対勝ちたい!ついていきます!コーチー!
「じゃあ雨花様方はあちらへどうぞ」
「あ、はい!」
梅ちゃんに指定された釣り場所は、誓様のすぐ隣だった。
オレは釣竿を握って、誓様の隣に座った。
「あ、あの、失礼します」
そう言いながら隣に座ると、誓様は『よっ、よろしくお願いいたします!』と、少し声を上擦らせて、オレに深々と頭を下げた。
「えっ?!いえ!こちらこそ!よろしくお願いいたします!」
誓様ってば、何て腰の低い人なんだ!
見た感じ若干怖そうとか思っていたのに、何となくおどおどしているこの態度に、ものすごい親近感を覚えた。なんていうか、勝手に仲間意識すら芽生え始めている。
だって他の候補様たちって、オレとは違って堂々としてて、駒様はもちろんのこと、あの可愛い梅ちゃんだって、あの真面目なふっきーだって、側仕えさんの前ではちゃんと候補らしい振る舞いが出来てるんだもん。
だけど誓様のこのキョドりっぷり!ああ、何か、本当の仲間を見つけた気分だよー!
「じゃあ、スタート!」
梅ちゃんの合図で、みんな一斉に釣り糸を垂らした。
釣り勝負開始早々、オレが投げた釣り糸が、誓様の釣り糸に絡んでしまった。
「うわっ!ごめんなさい!」
「あ!いえっ!こちらこそ申し訳ございません!」
誓様はやっぱりこれでもかってくらい頭を下げながら、絡まる糸をほどいてくれた。
……んだけど……。
誓様が釣り糸をほどいてくれている様子を見ていて、オレは気付いてしまったんだ。その左手の人差し指にはめられたごっつい指輪の下に……何やら、文字らしき物?が、書いてあることに。
「っ!?」
見間違い、じゃ、ない、よね?
あの、それって、マジックで書いちゃったーってわけじゃ、なく?タトゥー的なヤツ……でしょうか?指に?!
「あ、あのっ!じゃ、邪魔をしてしまい、本当に申し訳ございませんでした!」
釣り糸をほどき終えた誓様は、またもやものすごい勢いで頭を下げてくれたんだけど……。
オレの目はその左人差し指の、指輪の下にチラリと見えている、何かの文字らしき”彫り物”に釘付けになっていた。
こんな腰の低い人なのに、あんなところに、いっ……刺青?!
実はものすごくはっちゃけちゃってる人……だったりして……こんなに腰が低いのに?ええー?!
あ、でもあの癒し系の母様だって、その昔、ものすごい”不良”とか言われる人だったって言ってたじゃん!まさか……この誓様も……?
腰が低くてキョドってるし、勝手に誓様にシンパシー!とか思って、ものすごいフレンドリーな感じで話しちゃってたけど……。
実は怖い人なんじゃ?……とか思ったら、急に緊張感に包まれた。
「いっ、いいえっ!オレ、いや!私が悪いんです!私こそ邪魔して、本当に本当にごめんなさい!」
全力で誓様に頭を下げた。
「いっ!いいえ!私が気付かず、大変な失礼を!」
「ちっ!違いますっ!オ、あ、私が……」
謝り合うオレたちに、梅ちゃんの冷静なツッコミが入った。
「早く始めないと終わっちゃいますよ?」
「あ……」
オレはさっきより心なしか誓様より離れて、静かに釣り堀に糸を垂らした。
ど……どうしよう。オレが勝っても大丈夫なのかな?絶対勝つ!とか固く誓った決心が、すでにグラグラ揺れ始めていた。
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