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梅生誕祭⑥
隣の誓様の顔色を窺いながら、オレは釣りどころじゃなくなっていた。
これでオレが勝っちゃって、いちゃもん付けられたりしたらどうしよう。だって、ほら!着物の袖からチラチラ見える誓様の腕ってば、筋張っててムキムキしてる!いかにも強そう!
ああ、オレやっぱり、何としてでも護身術を習おう!こうなったらもう皇から習ったっていい!自分の腕っ節に自信が持てれば、こんなへたれた考えしなくて済むもん。
うわぁ、勝ってもいいの?オレ。
いや、でも、誓様に負けたら、誓様のところに、今夜皇が渡るわけでしょ?
……いや、ホントに申し訳ないけど、どうしてもこの誓様が皇に……あんなことされているところを想像出来ない!
想像出来ないんだから別にいいか?……いや!いいわけあるか!
そんな葛藤を続けるオレの隣で、うちのいつみコーチは絶好調で金魚を釣りまくっていた。
うおおおおお!このままでは勝ってしまーう!
周りのみんなを見回してみても、ここまでハイペースに金魚を釣り上げてる人はいない。
えっ……ちょっと待って!みんなやっぱり空気を読んで、誕生日の梅ちゃんに花を持たせようとかいう感じ……なんじゃ……?
その時、向こう側にいる樺の一位さんが、ものすごい形相でこちらを睨みつけているのを見てしまった。
ぎゃあああああ!
こうなったら、とにかく梅ちゃん、やる気出して!梅ちゃんが勝つのが、オレ的にもみんな的にも丸くおさまる!
梅ちゃんを見ると、勝つ気がなさそうだと思っていた梅ちゃんは、いい感じで釣り上げていた。
おお!梅ちゃああああん!絶対勝って!
「い、いつみさん?」
「はい」
隣のいつみさんは、釣り堀を見たままオレに返事をした。
いつもなら何をしていても、絶対に手を止めてから返事をしてくれるのに!今はそれどころじゃないんですね?うう……。
どうしたらいいの?誰かいつみさんを止めて!あ!いちいさん!いちいさあああん!
オレの後ろに控えているいちいさんに、いつみさんを止めてもらおうと振り返った。
「雨花様、よそ見をしていては勝てませんよ」
振り返ったオレに、いちいさんがそう言った。本気モードで。
えっ?いちいさんまで、本気で勝ちにいこうとしてる?ええええっ?!
いいんですか?勝ってもいいんですか?『もっとガツガツなさっていいんですよ』とか『私は待ちません』とか言ってた、いちいさんの攻めた言葉が頭をかすめた。
いちいさんって、ものすごく癒し系に見えるけど、結構強硬派なのかも……。
うおおおおお!うちで一番空気が読めそうないちいさんがこれじゃあ、誰もいつみさんを止められないぃ!
どうしよう。どうしたらいいんだ?もうとにかく梅ちゃん!頑張って!
「雨花様!引いていらっしゃいますよ」
「あ、はい」
金魚がかかるたびに、いつみさんにそう声を掛けられて、オレまで順調に釣り上げてしまってるっていう。
「……」
どうしよう。
「雨花様、引いていらっしゃいます」
「あ……はい……」
どうしよう……。
「雨花様、また引いていらっしゃいますよ」
「あ……う……」
どうしよおおおおお!
「そなたがあれ程釣り上手とは思わなかった。梓の丸にも釣り堀が欲しければ、すぐにでも造らせるぞ」
樺の一位さんの怖ーい視線と、微妙な空気感の中持ち帰って来た”賞品”が、オレの部屋のソファにどっかり座りながら、そう言って笑った。
「……いらない」
結局、屋敷対抗釣り大会は、いつみさんとオレの活躍により、梓の丸の圧勝で終わった。
いつみさんならまだしも!オレが活躍したらダメでしょお!
最終的には、オレの釣った金魚の数は、梅ちゃんのそれより一匹多かったっていう……。
「梅ちゃん、勝つ気あったの?!」
「大声を出すでない」
「あ……」
そっか。そんなことバレたら大変だ。
オレは皇の隣に座って、小さい声でもう一度聞いた。
「梅ちゃん、勝つ気なかったんじゃないの?」
「今頃、余が渡らぬのを口実に、実家に戻る準備でもしておるのではないか?」
「やっぱり!」
「だが、あれは正直者で負けず嫌いだ。端から負けるつもりの勝負などせぬはず」
「え?!」
「今宵余が渡っても、梅は実家に戻ったであろう。余がおったほうが、側仕えの警護が手薄になるゆえ、屋敷を抜けやすい」
まじですか?!ってことは、本当にオレ、ただただ空気読めてなかっただけじゃん!うおおおおお!
「どうした?」
「オレ、今頃みんなに、空気読めない奴だって言われてるよ」
「ん?」
「梅ちゃんの誕生日だっていうのに、勝負に勝ってお前のこと持ち帰って来ちゃってさ。はぁ……」
がっくり項垂れたオレの頭を、皇がポンっと撫でた。
「そんなものを読んで、余を他の者に譲るような真似をするでない」
「……え?」
顔を上げたオレのおでこに、皇の唇が優しく触れた。
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