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梅生誕祭⑦
譲るな、って、言った?
譲るなって……どういう、意味?
オレがお前のこと、独り占めして、いいの?
そんな風に聞けずに黙り込むと、皇はオレの手を取った。
「そなたとは、他の者より接点が乏しい」
「えっ?」
接点が乏しい?
って、何で急にそんな話になってるの?
「そなたが勝ったとて、誰も文句は言うまい」
樺の一位さんは、ものすごい怖い顔してたよ?
でも……オレが勝負に勝って、皇の渡りの権利を得たとしても、オレと皇の接点が乏しいから、他の候補様たちは何の文句も言わないだろうってこと?
譲るなって、譲らなくていいって意味?
独り占めしていいの……なんて、聞かなくて良かった。
っていうか、それってどうなの?何か、他の候補様たちに同情されてるみたいで……悔しいんですけど。
オレと皇が接点が乏しいなんて、嘘でしょ?だって同じ学校に通ってて、同じクラスなんだよ?
いやでも、言われてみれば、駒様は上臈で、皇にくっついてて当然な立場だし。
ふっきーも皇の一番の友人ってポジションを確立してて、学校のある日はずーっと皇と一緒にいる。
オレ、結構皇と一緒にいるつもりでいたけど、それって学校で皇を見てるから、そんな錯覚してただけ?
他の候補様たちって、オレより全然、皇と一緒にいる?か?いや、でも誓様は?
「駒様とふっきーはわかるけど、誓様は?誓様と接点って……」
「誓は……御台殿の実家と関わりの深い家柄の息子だ。駒程ではないが、小さき頃より見知っておる」
「えっ?」
そんなん初耳だよ!っていうか、誓様といえば……。
「あ、あのさ」
「ん?」
「誓様って……怖い人……じゃない?」
「あ?」
あの指の刺青……皇だって知ってるはずだよね?
「左指の人差し指のところに……」
「ああ、見えたのか」
「あれって……」
「護符だ」
「ごふ?」
ごふ?って何?
「身を守る護符だ。右の人差し指の内側にも彫られておる」
「え?そうなんだ?指に、その、彫り物してるから、誓様のこと怖い人なのかと思っちゃった」
「怖い?そなたと頭の下げ合いをしておるような輩がか?」
確かに。あの腰の低さで怖い人なら、逆にビックリだけどさ。
オレの中に『刺青イコール怖い人』とかっていう図式があったもんで……。
自分で見た印象より、その図式に当てはめて怖がってたんだ。
「あ……うん。無理してあんな腰の低い感じにしてるのかもとか思って……でも違うんだよね。はぁ……オレやっぱり護身術習いたい」
「あ?」
「だって……弱いからそんな失礼な心配しちゃったんだし」
自分を自分で守れる自信がないから、下手に怖がって、そんな風に考えちゃったんだ。
「ほう、では余が指南してやる」
そう言うと、皇はさっとオレの膝の下に腕を入れた。
「うえっ?!」
オレをひょいと抱え上げた皇は、鴬張りの渡り廊下をキシキシ音を上げながら和室に向かった。
なんでこんなことになってるの?!
「ちょおおっ!」
バタバタしているうちに和室に着くと、皇は顎で、扉を開けるようオレに命令した。
「偉そう」
「早う致せ」
皇に抱えられたまま和室の扉を開くと、いつの間にしてくれたんだか、あのどでかい布団が敷かれていた。うお!
皇はオレを布団にふわりと下ろすと、オレの頭の上で、両手首をまとめて掴んだ。
「何?」
「余を暴漢だと思うて、払いのけてみよ」
「は?」
動かそうとした足を、皇の膝が抑え込んだ。
「実践で教えると言うたであろう?」
皇はオレを見下ろしてニヤリと笑った。
払いのけろって言われても……オレ……。
「……雨花?」
お前に会うの、二週間ぶりなんだよ?
抑え込まれたまま、何も出来ない。
ようやくお前が目の前にいるのに、払いのけるとか、出来るわけないじゃん。
「むざむざ暴漢に襲われるのか?」
その時、だらりと力を抜いたオレの手の甲に、布団の下にいつも置かれている、父上からもらった守り刀の固い感触が当たった。
あ。
そんなつもりは全くなかったけど、これはイける!
「皇……」
皇をじっと見つめて名前を呼ぶと、手首を掴む皇の力が弱まった。
するりと手を抜いて、布団の下から取り出した守り刀を、鞘のままオレを見下ろす皇のうなじにコンッと当てた。
「お前、オレじゃなかったら死んでたよ」
勝った!
でもこれ、護身術じゃないんじゃないの?っていう、自分へのツッコミは完全無視!
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