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梅生誕祭⑧

勝ったと思った途端、皇にトンッと手首を叩かれて、守り刀を布団に落とした。 「痛っ!」 「色仕掛けとは、卑怯な真似をする」 「いっ……色仕掛けなんかしてないじゃん!お前に隙があったんだよ!」 「……」 皇はわかりやすく機嫌が悪い顔をした。 「何?負けを認めるのが嫌なんだろ!」 「負け?そなたが組み敷かれておる状況に変わりない」 あれ?そっか。 でもお前はすでにオレに刺されてるはずなんだからー……とか考えていたら、皇が小さくため息を吐いた。 「だが……確かに余の負けだ。そなたには勝てる気がせぬ」 皇はオレの上から退くと、頭の後ろで手を組んで、オレの隣に寝転がった。 「え?」 「本気で習う気があるのなら、きちんとした師をつけてやる」 そのまま皇は目を閉じた。 勝てる気がしないって、何言っちゃってんの?日常生活勝負とかなら、オレでもお前に勝てるかもしれないけど……。 皇は静かに呼吸をしながら、それ以上何も言ってこない。 このまま、何も、しない、のかな? 仕事、忙しそうだし。皇、疲れてそう。 目を瞑る皇の横顔を見ているだけで、ドキドキが……激しくなっていく。 このまま皇の横で静かに寝るとか……出来そうにない。 そっと布団から起き上がって、縁側に座り込んだ。 ドキドキして、何だか気持ちが焦ってる?落ち着かないと眠れそうにない。 もう真っ暗になっている庭で、柔らかい光を放っている照明が、池の鯉のひれを光らせていた。 さっきの釣り勝負を思い出して、ちょっと笑えた。 釣り、久しぶりにしたけど楽しかったな。梅ちゃんは無事に実家に帰れたかな? そういえば、皇ってオレが勝ち取った賞品じゃんか。 賞品のくせに偉そうなんだから。 今日の皇は、オレが初めて自分で勝ち取った皇、なんだよ? さっさと寝ちゃってるけど。 って、さっきからオレ……ものすごく、おかしい。 「はぁ……」 勝負に勝った時から、期待……してた。皇に……されること。だから今も……ドキドキが止まらないんだ。 「……」 落ち着け!人前で眠れないとかいう皇が、あんな風にすーっと寝られるんだから、寝かせてあげなくちゃ。 「っくしゅ!」 昼間は暖かくなってきたけど、夜はまだまだ寒い。 あ!皇、布団掛けないで寝てたよね。掛けてあげないと風邪ひくよ。 そう思って振り向くと、バサリと頭から布団を掛けられた。 「うわ!」 「まだ庭を愛でるのか?」 かぶされた布団から顔を出すと、皇がオレの隣にスッと座った。 「起こしちゃった?」 「もとより寝ておらぬ」 「目、瞑ってたじゃん」 「……そなたに負けたゆえ、ふてくされただけだ」 ふてくされた?……何、可愛いこと言ってんだよ。 「ぷはっ」 「笑うでない」 「お前、偉そうだよね、賞品のくせに」 「ああ、そうであったな。……では、好きに致せ」 「え?」 「余はそなたに与えられた賞品だ。そなたの好きに致せ」 心臓がバクバクして、今度こそ壊れそう。 好きに致せって言われたって……お前が望まないことをして、嫌がられたくないって気持ちが先に立つ。 でも……触りたい。 なのにドキドキして、動けない。 すぐそこに皇の指があるのに……。 どこまでだったら、嫌じゃない? お前に嫌がられるのが怖くて……好きになんて……。 したいことばっかりなのに、手が出せない。 オレは皇を見られないけど、皇はこちらをじっと見てるのが目の端に映ってた。 そんな見られてると、本当に少しも動けなくなるじゃん。 「目、つぶって」 「……ああ」 目を瞑った皇を見ると、微かに口端を上げた。 楽しい、のかな? 高い鼻、長いまつ毛、スルッと滑りそうな肌、薄い唇、柔らかそうな、くせ毛。 キス……したい。 ……したい。 皇の顔に手を伸ばして……唇に触れそうになった瞬間怖くなって、ピクリと動いた皇の手に、自分の手を重ねた。 「……」 「……」 どうしよう。わかんないけど……手を重ねただけで、嬉しくて、泣きそう。 「……まだか?」 「え?」 「よもや手を繋いで終わりではあるまいな?」 「……」 だってこれだけで嬉しくて、泣きたくなってるくらいなんだよ? 「そなたは、これ以上余を望まぬのか?」 望み過ぎて、おかしくなりそうだよ。 「余は、待たされるのは好かぬ」 皇はオレの手を強く引いた。 皇の胸に抱きしめられたら……本格的に、泣きたくなった。 皇はオレを望んでるの?わからないから……何も出来ない。 「好き嫌い言ったら、駄目なくせに」 「他の者の前では言わぬ。余は……そなたに待たされるのが、苦痛なのだ」 他の人なら待てるってこと? 「何でオレのことは待ってくれないんだよ」 「……余にもわからぬ」 皇のイライラした感情が、重なった唇から、流れ込んでくるみたいだった。

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