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梅生誕祭⑪

✳✳✳✳✳✳✳ 「雨花」 「ふわぁ……い」 「余は出るぞ」 ぽやんと目を開けた瞬間、皇にキスされた。 どわあっ!え?もう朝? 「え……」 もう、帰るの? 「雨花」 「ん?」 「本日、通達が出る」 「通達?何の?」 「本日より展示会が終わるまでの期間、余は候補との接触を禁じられた。その旨、朝のうちに伝達があろう」 「……そう、なんだ」 とうとう皇に会ったらいけなくなるんだ。 急に胸がドキドキしてきた。 今日から展示会までって……あと、何日? ドキドキが酷くて頭が回らない。今日が13日だから……4月2日まで……え?あと何日? 「雨花」 「え?」 いつものように肘を付いて、横になっている皇は、オレの髪を一房掴んでキスをした。 「まだ夜は寒い。庭を愛でるのも、大概に致せ。体を冷やす」 「……うん」 髪を離した皇は、今度はオレの指先を掴んでキスをした。 「夕べ風呂に入っておらぬのだ。余がここを出たら、湯浴みするのだぞ」 「……ん」 指先を離した皇が、オレの眉をなぞって、キスをした。 「生徒会の仕事は大切であろうが……何より体をいとえ」 「……それお前もだから」 そう言うと、皇は片眉を上げた。 「余を案じておるのか?」 皇は、オレの頬に指を滑らせて、唇にキスをした。 「……案じてるよ」 どうして今朝は、こんなに素直になれるんだろう。 皇がふっと笑った。 「……案ずるな」 ふわりと微笑んだ皇は、布団から出て立ち上がった。 ……行っちゃうんだ。 そう思ったら、咄嗟に皇の着物の裾を掴んでいた。 「どう致した?」 優しい顔に、泣きたくなる。 皇を少しでも引き止めようと、何か適当な話題を探そうとするのに、行かないでとか……皇を困らせるような言葉しか頭に浮かんでこない。 「また、ね」 ようやく出てきた言葉は、そんなもので……。 「……ああ」 皇は、もう一度オレにキスをして、振り返らずに和室を出て行った。 「……」 次会える時は……皇が新しい候補様を選んだあと……。 その時皇は、今のまま変わらないでいる? 皇の優しい顔が頭に焼きついてる。次皇に会った時、違う誰かにあんな風に笑いかけてたら……オレ……。 「ふぅぅっ……」 皇が出て行ったってことは、もうすぐいちいさんがここに来るかもしれない。泣いてたら心配かけちゃうと思うのに……どうしても、涙を止められない。 枕に顔を埋めて、声を殺して泣いた。 もう……こんな風に待つの、やだ。 つらくて……つらくて……もう……こんなのいやだよ。 どうしてまた新しく候補を迎えるんだよ?!どうして……。 オレ、来年選ばれたら、良かった。オレより新しく選ばれる候補がいなきゃ、ここまでモヤモヤしなくて済んだのに。 「っく……」 ふっきーは、候補に何かあったら、皇は鎧鏡家の当主になれないから、候補は多いほうがいいって言ってたけど……。 そんな理由だけじゃ、気持ちが全然、納得出来ない。 皇が嫁にしてもいいって人を、新しく選ぶなんて……。 皇、オレのこと、誰かと比較したりしないって言ってたけど……最後は、候補全員を比較して嫁を決めるんじゃん! ……嘘つき。 朝ご飯も断って、学校の支度もせずに和室に閉じ籠っていると、いちいさんが、伝達の方がいらっしゃいましたと、呼びに来た。 急いで謁見の間に行くと、今日からお休みに入ったという駒様の代わりに、お館様の上臈である(かい)様が待っていた。 「伝達致します。本日より展示会終了時まで、候補様方には、若様との直接的接触を控えていただきたく存じます」 「……万が一会ったら、どうなりますか?」 「雨花様!」 「梓の一位殿、構いませんよ。……雨花様が若様とお会いになられましても、別段、懲罰等は決められておりません。ただ若様が、新たな奥方様候補ご選択の際、雨花様のご思念に囚われお苦しみになられる可能性がある……と、いうだけのことかと存じます」 櫂様はそう言って頭を下げた。 皇と会えないこの期間は、皇が新しい候補を選ぶ時、オレたち候補の思念が皇の選択を鈍らせないよう、物理的距離を置くためのもの……だという。 オレが皇に会えば……皇が苦しむだけって……それが……一番嫌じゃんか。 「……会いません」 「賢明かと存じます。では確かに伝達致しました」 櫂様はニッコリ笑って出て行った。 「雨花様……」 心配そうな顔をしているいちいさんを見ていたら、また泣きたくなった。 「大丈夫です。皇に、会ったりしませんから」 「いえ。そうではなく……雨花様が、心配なのです」 「いちいさん……」 そのあと、オレは目が腫れるまで泣き続けて……学校を休んだ。

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