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クールビューティーと双子の弟①
4月2日 霧雨
今日は、皇の18歳の誕生日です。
起きてすぐ縁側に出て壁代をめくった。
明るく感じた窓の外は、一年前と同じように、しとしとと霧雨が降っていた。
雨好きの皇を、空も祝ってるみたいに……。
「はぁ……」
降っちゃった。
雨を見ながら溜息をついていると、キキッ、キキッという音が聞こえてきた。
いちいさんがオレを起こしに来てくれたんだろう。
気分は落ち込んでいても、鴬張りの廊下が鳴る音は楽しげに聞こえてくる。
そういえばいつだったか皇も、あの音を楽しげだって言ってたっけ。
「雨花様、起きていらっしゃいますか?」
「はい」
いちいさんが部屋に入って来た。
「生憎のお天気ですね」
「……はい」
皇は喜んでいるかもしれないけど……。
「夕べ遅く……」
「えっ?!」
夕べ遅く?!
皇がここに来てたこと、バレてた?!
いや、それを咎められるなら、いちいさんじゃない誰かが来ると思う。
「どうなさいましたか?」
「いえ、あの、夕べ遅く……何が?」
「はい。夕べ遅く樺の丸より使者が参りまして、本日、雨花様にお時間があれば、ご一緒に釣りでもいかがですか?と、お誘いを受けました」
「あ……そう、なんですか」
やっぱり皇のことがバレたわけじゃなかったんだ。良かった。
「お梅様の生誕祭での釣り勝負、樺の一位殿は大層悔しがっているようです」
いちいさんはふふっと笑った。
「あれって、オレが勝っても良かったんでしょうか?」
「もちろんです。お梅様は八百長などお嫌いかと存じますよ?何か粗相があれば、今日このように誘ってはいただけないかと存じます」
「あ、そうですよね」
皇も同じようなこと言ってたし、釣り勝負はあれで良かったんだな、うん。
「どうなさいますか?」
「でも、屋敷の外に出ちゃいけないんですよね?」
「奥方様候補の先輩であるお梅様のお誘いですので、樺の丸にお伺いするのは大丈夫かと存じます」
「そっか、そうですね」
こんな日に一人でいると、落ち込みそうだ。
「お邪魔します」
「はい。それがよろしいかと存じます」
朝ご飯を食べたあと支度をして、樺の丸に向かった。
樺の丸の謁見室に入ると、ふっきーと松の丸の側仕えさんたちがすでに座っていた。
「あ」
ふっきーも呼ばれてたんだ?
ふっきー、ギプス取れたんだね。
今日はふっきーに会えて、何だかすごく嬉しく感じる。ふっきーは、オレと同じ立場だから、かな。
「お久しぶりです、雨花様」
「お詠様、お元気になられたようで何よりです」
春休みに入ってから、ずっとふっきーにも会っていなかったんだっけ。
「お二方様。お呼び立てして申し訳ございません。うちの一位がこの前負けた梓の丸と松の丸に、どうしても雪辱戦をお願いしたいと申しまして……」
梅ちゃんが樺の一位さんを見て笑った。
「あれ?この前は樺の丸が準優勝じゃなかったんですか?」
あの時、優勝しちゃったことにショックを受けて、そのあと全く聞いていなかったんだ、オレ。
「うちの一位は、梓の五位の次に多く釣ったんですよ」
そう言ってふっきーがにこやかに笑った。
「何でもそつなくこなすのは、昔から全く変わりませんね、松の一位殿」
樺の一位さんは憎々しげに、松の一位さんを睨んだ。
「樺の一位殿の負けず嫌いも、昔から全く変わりないですね」
松の一位さんがニッコリ笑った。
松の一位さんって、改めてカッコイイなぁ。余裕のある大人の男の人って感じで。
いちいさん……ホントに松の一位さんのことが好きなのかな?
そうだとしても、まあ、わからなくはない、けど……正直なところ、ちょっと面白くはない。
『お兄ちゃんが誰を選んでも面白くない』って言ってた、珠姫ちゃんの気持ちがわかるっていうか、そんな感じなのかも。
「では、今回も数勝負と参りましょうか」
「結構ですよ」
「今日は時間がたっぷりあります。ゆっくり釣りを楽しむとしましょう」
釣り勝負が開始されてしばらくすると、遠くから太鼓のような音が聞こえてきた。
展示会はとっくに始まっているはずだ。開始の合図ではないだろう。もしかして……誰か、選ばれた、とか?
「釣りどころではないね」
隣に座ったふっきーが、小さな声でそう話しかけてきた。
ふっきーがそんなことを言うなんて……。
「ふっきーも気になるの?」
「もちろん。どんな人が新しく入ってくるか、気にならないわけないでしょ?」
「そう、だよね」
ずっとライバル視してきたふっきーの存在が、今日は本当に心強い。
皇は、新たにどんな人を選ぶんだろう?皇が……結婚してもいい人を、今……選んでる。
「……」
「大丈夫?」
ふっきーが心配そうな顔で、オレを見ていた。
「え?あ、うん」
新しい候補を選ぶのは、鎧鏡の若様としてしなくちゃいけないことなんだ。
今更落ち込むくらいなら、夕べ止めれば良かったじゃん。
新しい候補を選べって、オレが皇の背中を押したんだから……。
何があっても皇のことを諦められないんだから、だったらもう、頑張れるだけ頑張るしかないって、決めたじゃん!
「うおおおお!」
「雨花様、意気込むのはわかりますが、他の候補様のお屋敷でそのような大声を出すのは、少々お行儀が悪いですよ」
いちいさんに小声でそう注意された。
「あ……ごめんなさい」
人様のお屋敷ってこと、忘れてました。
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