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ざわわ②
「……置いて来たのでは、ない。とにかく!あれには気をつけろ」
「アレ?」
「先程の、藍田衣織 だ」
「お前の幼馴染なんだろ?何?気をつけろって」
「あれは、そなたに話して聞かせた昔馴染みの弟だ」
「うん。あの特殊な幼稚園の幼馴染の、だろ?」
「ああ。藍田も女人禁制を守る家柄だ。鎧鏡と張る力を持っておる。あれには、鎧鏡という名の圧力が効かぬ」
「え?」
「何が目的でここに入って参ったのかわからぬが、あれはとんだ食わせ物だ。近付くでない」
「え……」
でもあの子……皇に会いたかったって、言ってたじゃん。皇に会うためにこの神猛に入ったくらい、お前のこと慕ってるんじゃないの?
あんな可愛い顔なのに、とんだ食わせ物って、どういうこと?なんでオレが気をつけないといけないわけ?
その時、後ろから『あっ』という声がした。振り向くと、目を丸くした晴れ様がそこに立っていた。
うわっ!手!手、皇に掴まれたまま!
オレは急いで、皇の手を振りほどいた。
晴れ様は『あの!』と言うと、タタッと目の前までやって来て、オレを見上げた。
何だ、この上目遣い!……子犬みたい。っていうか……。
「え?オレ?」
皇じゃ、なくて?晴れ様が見てるの、オレ?
でも完全に視線が合っている。
「はい。俺、B組に入った塩紅雪佳です!」
「え?あ、はい。知ってます」
「あ、そっか。あ……あの、ずっと謝りたくて。転入して来た日、挨拶もなしに、失礼なこと言ってごめんなさい。奥方候補の先輩だってわかってなくて……あの、これから、よろしくお願いします!」
塩紅くんは、オレに思いっきり頭を下げた。
うおぉっ!この感じ……誓様と初めてお話させてもらった時みたいだ!塩紅くんってやっぱり、オレと同類なんじゃないの?!
「あ!はい!こちらこそよろしくお願いします!」
「俺……よくわからないことばっかりで……あの、色々わかんないことがあったら相談しても……あ……候補同士で、そういう馴れ合いとか、おかしいか。ごめんなさい、なんでもないです」
「ううん!全然おかしくない!オレも他の候補様たちには、すごく良くしてもらったし。オレで良かったら、何でも聞いて」
「ホントに?!うわぁ!ありがとう!候補同士って、ちーくんを取り合うライバルなんだろうけど、いがみ合う必要ないよね?正々堂々戦おうね!」
「え?」
ちーくん?誰?
「え?」
「ちーくんって……」
「え?ちーく……あ!えっと……とも先生が、いっつも若様のこと、千代って言うから……って、あ!とも先生って、あ、御台様のことで……」
塩紅くんの慌ててる様子って……リスみたいで、なんか可愛らしい。
「慌てなくても大丈夫。聞いたよ。塩紅くんのお父さん、しらつき病院の外科部長さんなんだよね?だから御台様とも顔見知りなんでしょう?」
「あ!うん。そうなんだ。だから、前から御台様のこと、とも先生って呼んでて……。ホントは駄目だよね?気を付けなきゃ。えっと……御台様が、若様を千代って呼んでるから、俺、ずっと若様は千代って名前なんだと思ってて……だからずっとちーくんって呼んでたんだ」
「そっ、か」
塩紅くんは、小さいうちから皇と知り合いだったかもってあげはが言ってたけど、本当なんだ。
しかもちーくんなんて呼んでるとか、知りあいどころか、ものすごい親しい感じじゃん。
「でも若様をちーくんなんて呼んだら、駒様とかに怒られちゃうかな?ね?ちーくん」
「……そうかもしれぬな」
皇はぶっきらぼうにそう言うと、ふいっと階段を昇って行ってしまった。
「何、あいつ?」
オレが口を尖らせると、塩紅くんは『雨花様って聞いた通りの人だね』と、大笑いした。
「聞いた通り?」
誰に何を聞いたの?
「あははっ。若様の前でも恐れ知らずで、傲慢無礼だって」
「……傲慢無礼なんて四字熟語、日常会話で使う?」
「あははっ。俺も初めて使ったかも。あそこ、思ってた以上に特殊だよね」
悪気なくそんなことを言ってくる塩紅くんに、オレもつられて笑ってしまった。
「オレ、そんな風に言われてるんだね。はぁ……みんながいる前では、候補らしくしてるつもりなんだけどなぁ」
「でもそれって、若様を前にしても物怖じしないってことでしょ?すごいよ。雨花様って家臣団に向いてるんじゃない?」
「え?」
家臣団に、向いてる?
「え?何?」
「あ、ううん。そうだ、雨花様なんてやめてよ。ばっつんでいいよ」
「うわぁ!うん!よろしく、ばっつん!」
「うん」
「良かったぁ。ばっつんみたいな人と一緒に候補になれて。すっごい安心したよ。同じクラスになった楽様、ものすごい睨んでくるんだよ?ばっつんと同じクラスのお詠様も、何か怖いし」
「お詠様っていうか、ふっきーはね、すごくいい人だよ?」
「ええ?ホントに?」
「うん」
それから、授業の予鈴が鳴るまで、塩紅くんと候補ネタで盛り上がった。
塩紅くんが言う通り、塩紅くんとなら、変にいがみ合ったり、無駄に落ち込んだりせずにいられる気がする!
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