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ざわわ③

4月19日 晴れ 今日は、花見会です。 サクヤヒメ様は、桜の木を目印として地上に降りてくるという言い伝えがある。 そのため今日の花見会は、鎧鏡家にとって、重要度の高い行事なんだそうだ。 今日の舞手は梅ちゃんで、去年も梅ちゃんが舞ったと聞いた。舞は武に通ずるって言うらしい。梅ちゃんは体術の使い手だから、きっとすごく上手なんだろう。花見会の舞手を任されるのは、候補にすごく名誉なことなんだと、いつだか駒様に聞いたことがあったっけ。 「さぁ、参りましょうか」 行事用の着物の着付けをしてもらって、本丸へと向かった。 今日の花見会は、本丸の庭の中央にある大きな八重桜の木の下が会場だ。 そこまでは、うちと松の丸との境にある渡り廊下と、桐の丸、杉の丸の脇の渡り廊下を通って行くのが一番近い。 白いベールを被って廊下を進んで行くと、桐の丸の前で塩紅くん一行と鉢合わせた。 ベールを被っているけど、塩紅くんで間違いないと思う。 塩紅くんは、花見会から行事参加が出来るんだ。オレは出来なかったけど……。ってことは、塩紅くんは奥方教育されてないわけじゃないのかな?オレと同類なのかと勝手に思っていたけど、そうじゃないのかもしれない。 塩紅くんはオレたちに気付いて『雨花様が通られる』と、桐の丸の側仕えさんたちに声を掛けると、その場に膝をついた。 塩紅くんがオレたちに向けて深々と頭を下げると、桐の丸の側仕えさんたちが、同じようにこちらに頭を下げた。 うっわー。他の候補様から、こんな扱い受けたの初めて!そっか!オレ、奥方候補の先輩になったんだ! 「お先に失礼致します」 塩紅くんに一礼して通ると、後ろから『うわぁ』っという、塩紅くんの声が聞こえた。 「梓の丸の側仕えたち、かっこいい!」 「晴れ様、お行儀が悪うございます」 「はぁ?」 え?塩紅くん、桐の一位さんに『はぁ?』って言った? 後ろを振り返ると、いちいさんから『あとがつかえておりますので』と、小さい声で、先に進むよう促された。 「あ……ごめんなさい」 塩紅くん、入ったばかりなのに、側仕えさんをピシッとまとめてる感じ、なのかな?似てるとか言われてるようだけど、オレとはやっぱり全然違うみたい。 オレ、側仕えさんたちにあんな態度取れないし。 そんな風に思っていると、後ろからふっきー率いる松の丸軍団が歩いて来るのが目の端に映って、気持ち早足で先を急いだ。 花見会の会場について案内されたオレの席は、相変わらず皇の隣から数えて五番目だ。 だけど今日は、オレの隣に二つの席が設けられていた。 オレ、本当に”先輩”になったんだ。 今日こそは先輩らしく、最後までしっかり座っていられますように!行事たび体調を崩してきたけど、いい加減家臣さんたちの前に出るのも慣れてきてると思うし、きっと大丈夫!……だといいんだけど。 塩紅くんがオレの隣の席におさまると、舞手の梅ちゃん以外の候補が全員席に揃った。 そのあと、皇と一緒にお館様が入場してきて、オレたちと同列の席に座った。 お館様がそこに座るなんて珍しい! いつもはそこに母様がいるのに。母様、どうしたんだろう?忙しいのかな?行事は母様が仕切ってるって、いちいさんが言ってたけど……。 どこか別のところにいるのかな?と、視線だけで母様をキョロキョロ探すと、雅楽の演奏が始まった。 すぐに梅ちゃんが舞台袖から静々と歩いてきた。 ……か、わいい! これ、珠姫ちゃんもどこかから見てたりするのかな?見られないなら、ビデオに撮って、あとで観せてあげたいくらいだ。 梅ちゃんが舞台の上で座礼すると、雅楽の曲調が変わった。ザワッと会場が急に騒がしくなったと思ったら、舞台袖からもう一人の舞手?が、出てきた。 えっ?!あれ、母様?だよね!え?二人で舞うの?知らなかった! 母様と梅ちゃんが一緒に舞い始めた。 二人の姿はすごく優雅で……でもどこか勇ましく感じる。 そうだ。梅ちゃんと同じ意味で、母様も強いんだった。だからあんな綺麗にシンクロするのかな?本当に綺麗。オレもいつか……あんな風に舞えたらいいのに。 二人の舞に見惚れていたからか、舞の最中は何でもなかったのに、舞が終わると急に、どうにも気分が悪くなってきた。 でも今日こそ、ちゃんと最後まで、候補として出席したい!先輩になったんだし、かっこ悪いとこ、見せたくない。 舞い終わった二人を迎えに、お館様と皇が舞台に上がった。 梅ちゃんは本当は候補じゃないってわかってても、ちょっと……胸が痛んだ。何だかさらに気分が悪くなって、吐き気がしてきた。 「ふぅっ……」 ああ、どうしよう。もうちょっとだから頑張れオレ!と思っていると、すぐ隣に座っていた塩紅くんが、急に崩れるようにその場に倒れた。 「あっ!」 オレが慌てて塩紅くんに触ろうとすると、いつの間に来たのか、母様が『大丈夫。離れていて』と、塩紅くんの前にスッと座った。 「ゆきちゃん!大丈夫?ゆきちゃん!」 母様はそう呼びながら、塩紅くんの手を取った。 母様、みんながいるのに、塩紅くんのこと『ゆきちゃん』って……呼んだ。オレのことはみんなの前で青葉って絶対呼ばない母様が、塩紅くんのことは、ゆきちゃんで、いいの? 「担架を!三の丸に運べ!」 「はっ!」 母様と皇は、塩紅くんに付き添って行ってしまったけど、花見会はお館様の仕切りで、つつがなく終了した。 塩紅くんが倒れたのに驚いたからか、オレは何とか最後まで、行事に参加することが出来た。 屋敷に戻って安心した途端、ふっと体中の力が抜けたような感覚に襲われた。目の前が暗くなっていく中、何とかベッドに転がり込んだ。 「雨花様?……雨花様!?」 「大丈夫、です。少し、休みます」 オレはかろうじて返事をすると、着物を脱ぐことも出来ずに、そのまま眠ってしまった。

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