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ざわわ⑥
4月21日 曇り
今日、皇が駒様のところに渡ると知らせがありました。
今日皇は、駒様のところに渡る。それは、三月からずっと止まっていた皇の渡りの再開を意味してる。
皇が駒様のところに渡ると思うと、やっぱりどうしてもモヤモヤするけど……渡りが再開されたってことは、オレのところにも、五日後には皇が渡って来るってことだ。
渡りの再開と言っても、始業式の時と一昨日と……すでに皇と……しちゃった、けど。
それを考えると、他の候補様たちとも、皇はこっそり……してるってこと、だと思う。
「はあ……」
他の候補様のことも、あんな風に……求めるの?
皇に何かされればされるだけ、他の候補様に嫉妬することも増えていく。
「おっはよ!ばっつん!」
上履きを履いていると、元気な塩紅くんの声がして、後ろからバシッと背中を叩かれた。
「うあっ!」
ぼーっとしていたオレは、思い切り靴箱におでこをぶつけて、しゃがみ込んだ拍子に、靴箱の扉の角におでこをぶつけた。
痛ぁぁぁっ!!
「あ!ごめん!大丈夫?ばっつん!」
うずくまるオレの顔を、塩紅くんが心配そうに覗き込んだ。
「うん、大丈夫。おはよ」
めちゃくちゃ痛いけど……。
「ホント?大丈夫?」
「うん。ダイジョブダイジョブ。塩紅くんこそ、大丈夫?」
「え?」
「一昨日、倒れて……」
「ああ、うん!全然大丈夫!とも先生に診て貰ったら、すぐ良くなっちゃった」
塩紅くんはそこで、何かを思い出したように含み笑いをした。
「何か楽しいことでもあった?」
「楽しいっていうか……一昨日倒れた時にね、全然大丈夫なのに、ちーくん、すごい心配してくれて……」
「そっ、か」
皇が心配性なのって、やっぱりオレにだけじゃ、なかったんだ。
「ばっつんだから言うんだけど……ちーくん、俺のことが心配だから、ずっと付いてるなんて言ってくれたんだ。でも、そんなことしたら駄目じゃん?」
「え?」
皇……一昨日、塩紅くんにそんなこと言ってたの?
「だから、奥方候補としてそれは出来ないって、帰ってもらったんだ。ちーくんがあんなこと言うなんて思ってなかった。あ!この話、ちーくんにも言わないでね。本当はこんなこと、他の人に話しちゃ駄目だよね」
塩紅くんは、照れたように口を結んだ。
皇……一昨日の夜、塩紅くんに追い返されたから、オレのところに来たの?
塩紅くん、候補としてそんなこと出来ないって言って追い返したって……。
オレは一昨日の夜、皇に、帰らないでなんて言って……本当に朝まで、帰さなかった。
オレがしたことは、候補として、やったらいけないことだったの?
「他の人たちにも内緒にしてあげてね。冷静沈着でクールな若様のイメージ、壊しちゃいけないから」
「……あ、うん」
皇はいつでも冷静沈着ってわけじゃない。心配だから付いてるなんて、いかにも皇が言いそうなことだ。
「教室行く?」
「うん」
塩紅くんと一緒に歩き出してすぐ、ジンジンしているおでこに無意識に手を当てると、おでこがふっくら膨らんでいるのがわかった。
あれ?たんこぶ出来た?
隣を歩いていた塩紅くんが『あ』と言ったオレを見て『うわっ!』と、嫌なものでも見るように飛びのいた。
「血!ばっつん!血!」
「え?」
血?
おでこを触った手を見ると、確かに少し血が付いていた。
「うわあ!血!見せないで!」
「え?あ、ごめん」
血が付いた手を隠すと、塩紅くんは『はあー』っとその場にへたり込んだ。
え?塩紅くん、血が苦手なの?でも、確か医者を目指してるって……。
そこに『どうかしたか?』と、うしろから急に声をかけられた。
驚いて振り向くと、無表情な皇が立っていた。
「皇!塩紅くん、気分が悪くなっちゃったみたいで。保健室に連れて行ったほうが……」
皇は、塩紅くんに『歩けるか』と聞くと、塩紅くんはふるふると首を横に振った。
「……乗れ」
皇は塩紅くんに背中を向けて、スッと腰を落とした。
「いいの?」
「良い」
「……ありがとう、ちーくん」
嬉しそうな塩紅くんをおんぶして、保健室に向かう皇の背中を、ただぼうっと見送った。
オレも一緒に行けば良かった?塩紅くんがああなった原因、オレ、なんだし。
だけど……付いていけなかった。
「……」
皇に、おでこ痛いって……言いそびれちゃった。
「ばっつーん!おっはー!」
ため息を吐いていると、サクラが上機嫌で昇降口に入って来た。
女子力の高いサクラなら、絆創膏とか持ってるかも。
「サクラ」
「んー?」
「絆創膏持ってる?」
「どしたの?ケガ?」
「ん、ちょっと切れたみたいで」
「どこ?指?」
そう言いながら、サクラはカバンをガサガサして『ほい』と、絆創膏を渡してくれた。
「ありがと。おでこ切ったみたいで」
「は?おでこ?」
「ちょっと鏡見て貼ってくる」
「え?おでこって……ちょっ、ばっつん!」
サクラはトイレまで付いてきた。
「うわっ!何それ?どしたの?」
鏡を覗くと、おでこの左側には、たんこぶが出来ていて、右側に出来た傷口からは、じわっと血が浮き出ていた。
「ちょっ……それ、絆創膏レベルじゃないから!保健室行こ!」
「え?!だっ!大丈夫!」
保健室、行きたくない。
「駄目!」
「大丈夫だってば!」
今保健室に行ったら、まだ皇と塩紅くんがいる。
……見たくない。
オレ以外を心配してる皇のこと……見たくない。
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