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ざわわ⑦
サクラと押し問答しながら、無理矢理引っ張られてトイレの外に出ると、サクラが『あっ!』と、廊下の先を指さした。
指の先に、こちらに向かって歩いてくる皇がいた。
え?塩紅くんは?
オレたちに気付いて走ってきた皇は『どうした?』と、オレの腕にそっと手を置いた。
「がいくん!何てヒーロー的タイミング!ばっつんのおでこ見てやってよ!」
「あ?」
「ばっつん、保健室行きたくないとか言ってるんだよ。がいくん、連れてってあげて」
皇は、オレの前髪を掻き分けて傷を見ると、顔をしかめて、オレを抱き上げた。
「うわっ!」
「ぎゃあああ!うっそ!お姫様抱っこ!?ちょっ!写真!写真撮らなきゃ!あ!待って!写真撮らせて!がいくーん!」
サクラの叫び声が、あっという間に遠くなった。
「何故そのようなことになった!」
何でそんな、怒ってるんだよ。
「靴箱で……ぶつけて」
「普通に打っただけではそのようにはならぬ。何があった?」
塩紅くんの名前は、出したらいけない気がした。
オレが黙ると皇は『そなたが口を割らずとも、いずれ余に報告が参る』と、ものすごく不機嫌そうな顔でオレを睨んだ。
「報告?」
「そなたに忍びの者を付けておると言うたであろう」
オレが先輩に襲われたのを、皇に報告したのもその人だって、言ってたっけ。
その人、ずっとオレに付いてるの?
「その人、お休みあるの?」
「あ?」
またさらに、皇が不機嫌になった。
「え……その人……ずっとオレに付いてるなんて、お休み……あるのかなって思って」
ずっとついてるなんて大変じゃんって、ちょっと思っただけなのに。そんな怒った顔しなくたって……。
「人の心配より、自分の心配を致せ!」
「う……」
また怒られた。
「何よりそなた自身を守ると、余に誓ったのを忘れたか!」
「何でそんなに怒ってんだよっ!」
「そなたを案じておるからだ!」
「……」
な、んだよ、それ。
そんなこと言われたら、何も言えなくなっちゃうじゃん。
「……うつけが!」
皇は、イライラしながら保健室のドアを開けた。
「あれ?鎧鏡くん?今度はどうしたの?」
養護の鈴木先生が驚いた声を上げると、シャッとベッドのカーテンが開いた。
「ちーくん?」
顔を出した塩紅くんは、オレを見て『あ』と、小さい声を上げた。
皇はオレを椅子にゆっくり下ろすと、後ろからオレの前髪を上げた。
「お願いします」
「あー、こりゃどうしたの?みごとに腫れたね」
そう言いながら鈴木先生は、治療用品が色々入っているワゴンを引っ張り寄せた。
「下駄箱に……ぶつけちゃって」
塩紅くんが見てると思うと、話しづらい。
「あ!それ、俺が!背中を強く叩いちゃったから!それでばっつん、下駄箱に……。俺、朝の挨拶のつもりで!ばっつん、仲良くなってくれたし。友達っぽいこと、したくて……それで……ホントごめんなさいっ!」
塩紅くんはベッドから出てきて、オレにガバッと頭を下げた。
「違う違う!オレがぼーっとしてたからだから!あれくらいで普通は下駄箱突っ込まないから!」
「はいはい。事情は良くわからないが、君らは仲良しってことだな?美しい庇い合いだが、治療するから、柴牧はこっち向け」
鈴木先生は笑いながら、オレの椅子を回した。
先生は治療の後、頭を打ったんだから少し横になっていなさいと、塩紅くんが寝ていた横のベッドのカーテンを開けた。
大丈夫だって言ったのに、皇に襟首を掴まれて、ほぼ無理矢理ベッドに入れられてしまった。
塩紅くんは、寝ていたベッドに戻って、オレにニッコリ笑いかけた。
「ちょっと職員室に行ってくる。何かあったら、鎧鏡くん、職員室まで呼びに来てな」
「はい」
え?先生!それって、皇にここにいろってこと?
先生はバタバタと出て行ってしまった。
「ホントごめん、ばっつん。でも、跡が残るような傷じゃないって先生言ってたよね?」
「うん。言ってた」
「良かったぁ。 顔に残る傷なんて付けたら、候補失格って聞いたから」
「えっ?!」
嘘?そんな決まり、駒様から聞いたことない。
「俺のせいで、ばっつんが候補失格になったらどうしようって、すごいドキドキしちゃった。ホント良かったぁ。ホントごめんね」
「大丈夫だよ。塩紅くんのせいなんて思ってないし。オレがぼーっとしてたせいだから」
「ばっつんって、何ていい奴!俺、めちゃくちゃ感激!」
塩紅くんは胸に手を当てて、感動しているようだ。
そんな風に言ってもらうと、なんかオレも嬉しくなる。
「晴れ。そなた、もう良いのか?」
感動ポーズの塩紅くんに、皇が淡々とした口調でそう言った。
「え?はい。……だいぶ」
「では教室に戻るがいい。今なら一限に間に合うであろう」
「……わかりました。じゃあ、ばっつんのこと、お願いします」
「……」
皇は何の返事もせず、保健室を出る塩紅くんを見送った。
皇……何か冷たい。まだオレのこと、怒ってる、から?
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