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ざわわ⑨

神猛学院の屋上は庭園になっていて、一般的な学校の屋上とは全然違う。陽気もいい今時分は、混んでいるかもしれない。 それに……天戸井くんはあの『僕が好きなのは鎧鏡くん』宣言以降、追いかけられなくなったみたいだけど、塩紅くん目当ての奴らは、未だにB組前の廊下に人だかりを作っているのを見かける。 塩紅くんって、サクラが言っていた通り人気あるんだよね。 そんな塩紅くんが見つかれば、天戸井の話を聞くどころじゃなくなりそうだ。 オレは塩紅くんと一緒に、生徒会室直通エレベーターに乗って、屋上階のボタンを押した。 生徒会役員棟の屋上庭園なら、誰にも邪魔されないはずだ。 「うわあ、初めてこのエレベーター使った!」 「生徒会室に行く人しか使わないからね」 「ばっつん、ホントに生徒会役員なんだね」 「うん。まあ一応」 「俺がこのエレベーター、乗っていいの?」 「誰でも乗っていいんだよ」 屋上庭園の中央には温室が建っている。 温室を挟んで、本校舎とは逆側に置かれたガーデンテーブルの上に、お弁当を置いて椅子に座った。 ここならどこからもオレたちが見えないはずだ。 「天戸井くんに何て言われたの?」 オレはお弁当を開きながら、塩紅くんにさっそくそう聞いた。 「そう!聞いてよ!天戸井さ、花見会で俺が倒れたこと、候補失格とか言ってきたんだ」 「え?」 ドクンと、心臓が大きく震えた。 「行事参加もしっかり出来ないなんて、候補でいる資格ないって。早く実家帰れとか言うんだよ?」 「……」 そんなこと言ったら、オレなんかどうなっちゃうんだよ。この前の花見会はかろうじて最後まで出席出来たけど、それまでは大概倒れてる。行事参加自体、許されたのは新嘗祭からだし。 「どしたの?ばっつん?」 「ううん、何でもない」 自分はもっと酷いんだから大丈夫だよって、母様が昔の話をしてくれたみたいに、話してあげられたら良かったのかもしれない。 だけどそんな風に話してあげられるほど、オレにとって、ちゃんと行事参加が出来ていないって事実は、笑える過去になってない。 「とも先生は、倒れたのは見物の家臣たちの気に当たったんだろうって。それだけ注目されてる証だって言ってくれたから、それをそのまま天戸井に言ってやったんだ」 子犬みたいな可愛い顔だけど、塩紅くんは時々、気の強そうな表情を見せる。 「そしたらさ!」 「うん?」 「どういう意味で注目されているか、わかりませんけどね、だって!」 塩紅くんが言われたことなのに、オレが責められている気分になった。 「いい意味だけとは限らないじゃないですか、とか言うんだよ?酷くない?」 「しらつき病院の外科部長の息子さんが、悪い意味で注目集めるわけないじゃん」 しらつき病院の外科部長さんなんて、たくさんの人に感謝されてるに違いない。塩紅くんはその息子さんなんだから。 「実家は関係ないって、天戸井に言われた」 そう言って塩紅くんは、口を尖らせたあと、お弁当のお肉を口に入れた。 何か……本当にオレのことを言われてるみたい。 今のところ、オレは天戸井くんに直接何かをされたわけじゃないけど……天戸井くんに関しては、嫌なイメージばかりが蓄積されていく。 「奥方様を選ぶのに、家柄の良さは邪魔なだけだって」 「えっ?!」 何で?! 「位の高い家から奥方様をもらうことになったら、その家の力が強くなり過ぎるから喜ばれないんだってさ」 「……」 そんな……。 「あっ……ごめん!ばっつんのお父さん、直臣衆さんだよね?」 「あ、うん」 笑いかけたつもりなのに、顔が引きつってるのが自分でわかる。 「いや、ほら!実家は関係ないよ!位の高い家がダメとかなら、最初から桃紙が来るわけないし!」 「あ、うん。そうだよね」 「そうだよ!あいつ、俺がとも先生に可愛がられてるからって、嫌がらせでそんなこと言ってきたんだ、絶対!」 「そっか」 やっぱり塩紅くんは、母様に可愛がられてるんだ……。 「あ……何か、ごめん。ばっつんまで嫌な気持ちにさせちゃったよね?ただちょっと愚痴を聞いてもらいたかっただけなのに……ごめん」 「ううん!全然!オレで良かったらいつでも愚痴ってよ」 「ばっつーん!ありがとう!」 塩紅くんが椅子から立ち上がって、座っているオレをギュッと抱きしめた。 「いっ……」 ……たあー!塩紅くんの胸が、オレのおでこにぎゅーっと当てられた。 「うわあ!ごめん!ホントごめん!ばっつん!」 「ううん、大丈夫だよ」 「もー、ホント俺、天然って良く言われるんだけど……自分でも嫌になっちゃうよ。本当にごめん!」 「オレもたまに天然とか言われる」 「ホント?!やっぱり俺たち、似てるんだね!」 それから、塩紅くんと笑いながらお昼ご飯を食べたけど……胸の奥のザワザワが、収まることはなかった。

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