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求愛③

「雨花をお前に?」 そう言うと、皇は声を出して笑った。 笑い事か!? 「余の嫁候補を譲り受けに来ただと?相も変わらず滑稽な」 「冗談じゃないよ?」 藍田は皇を見てニヤリと笑った。 皇は少し黙ったあと、ふっと笑った。 「真の目的は何だ?」 「だから雨花を頂戴って言ってんじゃん」 藍田から笑顔が消えると、皇は後ろにいるオレの腕に手を置いた。 「万が一それが真意であるなら、いくらお前でも許さぬ」 低い声で静かにそう言って、皇はオレの腕を掴んだ。 「それって、雨花だから駄目なの?違う候補ならいいの?」 なっ!何てこと聞いてんだよ!藍田! ……オレもちょっと、それは聞いてみたいけどもー! 「……藍田の息子であろうが、余の嫁候補に手を付けて、無事でいられると思うな」 やっぱりオレだから駄目ってわけじゃなくて、皇の嫁候補ってことで一括りなんだ。 皇がオレを守ってくれてる背中を見上げながら、複雑な気持ちになってしまった。 「雨花が僕を選んでも?」 「はあ?!」 何を言ってんだ!お前は!オレがお前を選ぶわけないだろうが! 「雨花がお前を?」 「そう」 「……選ぶ訳がない」 藍田は『ふーん』と言うと、皇の背中に隠れているオレを、ひょこりと覗き込んだ。 「すーちゃんが雨花を選ぶ可能性って、どれくらいあるんだろうね。雨花はいつも他の候補と比べられて、選ばれないかもしれない不安をいつも抱えてる。……違う?雨花はそれでいいの?ねえ、僕なら絶対に雨花しか見ないよ」 「なっ……」 「一生、雨花だけだよ」 その時、エレベーターのスピーカーから『大丈夫ですか?』という、警備員さんらしき声が聞こえてきた。 皇はスピーカーに向かって『大丈夫です』と言うと、オレを覗き込む藍田の顔を掴んで、そのままエレベーターから押し出した。 藍田が降りてすぐ、クンッと小さな振動が起こって、エレベーターが再始動したのがわかった。 「雨花に下手な手出しをすれば、お前だろうが容赦せぬ」 エレベーターの扉が閉まりきる直前そう言った皇を無視して、藍田は『僕なら雨花しか見ないよ!僕を選んで!』と、叫んだ。 藍田の叫びを遮断するように、扉は完全に閉まって、エレベーターはふわりと上昇を始めた。 「戯れ言を……」 皇がボソリと呟いて、オレのほうに振り返った。だけど、皇の顔が見られない。 皇の顔を直視出来なかったのは……藍田がオレの心を見透かしてるみたいなことを言ったからだ。 いつも他の候補様たちと比較されてるこんな状況……不安じゃないわけ、ない。 「雨花……」 皇がオレを胸に抱きしめてすぐ、エレベーターは屋上に着いた。 「そなたは……余のもの」 ……そうだよ。 どんなに今が不安な状況だとしても……それでも、お前じゃない誰かなんて、オレにはもう……選べない。 皇に抱えられるように、生徒会室棟の屋上中央に建てられている温室に入った。 初めて入った温室の中には、ソファセットが一つ置かれていた。 皇はオレをソファに座らせて、持っていたお弁当をテーブルに置くと、オレの隣にどっかり座った。 温室の丸い屋根に、パタパタと雨粒がぶつかる音が、温室内にうるさいくらい響いていた。 隣に座っている皇を見上げると、皇もオレを見ていた。 「冗談ではなさそうだ」 皇は顎に手を当てて、小さくため息を吐いた。 冗談ではなさそうって、藍田が言ってたこと、だよね? 「藍田……お前のことが好きで、ここまで追いかけて来たのかと思ってた」 「あり得ぬ。あれは昔から藍田を継ぎたがっておった。余に懸想なぞする訳がない」 藍田家には今、当主の後継者候補が三人いて、後継者候補はまず、藍田家を一緒に守っていく男の『嫁』を見つけなければ、当主になる資格を得られないのだと、皇が話してくれた。 「衣織が言うのもわからぬでもない。鎧鏡の嫁候補であれば、藍田の嫁としても申し分なかろう」 「え?」 「だがそなたを寄越せとは……」 鼻で笑った皇は、急に真面目な顔でオレの顎を掴んだ。 「雨花」 「……何?」 「そなたの想いは、そなたにしか動かせぬ。そなた以外の誰にも強制出来るものではない。だが……」 皇は、そっと唇を重ねた。 「誰にも、渡さぬ」 「皇……」 「余だけを見ておれ」 また重ねられた唇は、相変わらず、あったかかった。 「衣織の言葉に耳など貸すな。余だけを……」 温室の屋根にぶつかる雨の音が、皇の呟きを掻き消した。 余だけを……何? 聞き返す間も無く、皇は何度も唇を重ねて、オレを抱きしめた。 皇の腕を掴んだ時、皇の腕時計が、もうすぐ一時を指そうとしているのが、目に入った。 「うわっ!」 昼休みは一時二十分までだ。あと二十分しかないじゃん!早くお弁当を食べないと、せっかくのふたみさんの努力が無駄になっちゃう! オレは急いで皇の腕からすり抜けた。 「皇!早く!」 「あ?」 「早くお弁当食べないと!ふたみさんが、本丸の賄い役さんたちにリサーチまでして作ってくれたお弁当なんだから!うちのふたみさんの努力を無駄にするな!」

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