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求愛④

盛大にため息を吐いた皇は無視して、急いでお弁当を開けた。 重箱の一段目には、お皿やお箸なんかが入っている。 二段目と三段目にはおかずが。四段目にはご飯が。五段目にはフルーツとかプチケーキのデザートが入っていた。 皇、ケーキは食べないよね? 「皇!早く!何食べる?」 皇におしぼりを渡したあと、お皿を持って急かすと、片眉を上げた皇が『落ち着け』と頬杖をついた。 「落ち着いてる場合か!昼休み終わっちゃうじゃん!」 せっかくのランチ当番なのに! 皇と一緒に楽しくお弁当を食べるつもりだったのに、藍田め!オレのランチ当番の時間がめちゃくちゃ減ったじゃん! 貴重なランチ当番の時間を返せ! 「次の授業は出ずとも良いであろう」 「え?」 「ゆるりと致せ。そなたは最近、せわしない」 皇は、オレの手首を掴んでソファに座らせて『生徒会はしばらく忙しいのか』と、オレをじっと見た。 「とりあえず忙しいのは、生徒総会までみたい。体育祭はそこまで忙しいわけじゃないってサクラが言ってたから」 「そうか」 また頬杖をついた皇は、オレの前髪をめくって顔をしかめた。朝鏡を覗いた時には、オレの額にはまだ紫色のアザが残っていた。 「もう痛くないよ?」 「見た目が痛々しい」 そっとオレの前髪を戻した皇は、授業に出る気はさらさらないようだ。皇がそれでいいなら、いいけど。 オレは五時間目の授業に出るのを諦めて、ソファに深く腰掛けた。 「皇は?仕事、ずっと忙しいの?」 「いや。しらつきグループについて年間サイクルは学んだ。しばらく学業に専念するよう、お館様に言われておる」 「えっ?!じゃあ、普通に休めるの?」 「ああ。今までよりは休みが取れよう」 「そっか」 「……何を喜んでおる?」 皇がふっと笑った。 「よっ!喜んでるわけじゃ……。いいから早くお弁当食べてよ!」 皇に休みが増えたら、また一緒にどこかに行けるかもしれない。そんな期待をしてちょっと喜んだとか、そんなの、恥ずかしくて本人には絶対言えない。 オレは『勝手に選んじゃうよ』と、お皿に二人分を取り分け始めた。 「皇、ケーキ好きじゃないよね?」 そう言うと、皇は『あ?余は好き嫌いは言わぬと言うておろう』と、眉を顰めた。 「甘いもの好きじゃないって言ってたじゃん」 「あ?言うておらぬ」 「言ってた!オレの誕生日の時。甘い物は好んで食べないから自分じゃわからないけど、母様が美味しいって言うからモナコの職人さんのケーキを持って来たって、言ってたじゃん」 「……」 お前がケーキを持ってモナコから来てくれたあの時、オレがどれだけ喜んだと思ってるんだよ。そんな嬉しい時にお前が言ったこと、聞き間違えるわけないじゃん。 黙ったってことは、言ったのを認めたってことだ。 好き嫌い言ってるじゃん!と思って吹き出すと『笑うな!』と、睨まれた。 「だって皇、案外好き嫌い言ってるから」 「……言うておらぬ」 「ふーん。じゃあケーキも食べるんだ?」 そう言って皇のデザート皿に、いちごのプチケーキを一つ乗せた。 「……」 じっとプチケーキをみつめる皇に、また吹き出した。 こいつ、好き嫌いしたら駄目だって、本当に相当言われて育ったんだろうなぁ。 「オレも食べ物の好き嫌いはしたら駄目って言われて来たから何でも食べるけど……本当は、トマトがそんな好きじゃないんだ」 自分の皿に取り分けていたプチトマトを、皇の皿に乗せた。 「あと、肉の脂身も本当は苦手」 脂身の多い牛肉も、皇の皿に移した。 「そなたは……」 はあーとため息を吐いて、皇は自分の皿の小さいケーキをオレの皿に乗せた。 「あ!皇、トマトと脂身、食べられる?」 「余が苦手なのは、甘い物くらいだ」 「そっか。良かった」 笑いながら皇にお茶を差し出すと、グッと手首を掴まれた。 「ちょっ……お茶!零れる!」 「 早う、置け!」 「え?」 テーブルにお茶を置くと、皇はオレを抱きしめた。 「皇?」 何だよ、急に。 「好き嫌いも良いものだと思うたのは、初めてだ」 「え?」   痛いくらい抱きしめられたあと『そなたは余に二つ寄越したゆえ、もう一つ何か持ってゆけ』と、皇が笑った。 「んー……じゃあ、里芋で」 「芋が好きか?」 「ん。好き。」 そう言うと、皇は何故かため息を吐いて、里芋を箸でつまんだ。 乗せてもらおうとお皿を差し出すと『もうその皿には乗らぬ。口を開けよ』と、皇が真面目な顔でそう言った。 確かにお皿は色々なおかずが乗っていていっぱいだけど……だからって口を開けろって……あーんって、こと? 皇が笑いながらそう言ってたら、冗談言うな!って、全力拒否してただろうけど……そんな真面目な顔で言われちゃうと……。 オレは素直に口を開けた。 すぐにポイっと入れられた里芋の煮物は、すっごく美味しい。 「美味しい!」 はあー、幸せ。と思っていると、皇がまじまじとオレを見ていた。 「……何?」 「そんなに美味いか?」 「うん。皇も……」 『食べてみなよ』と言う前に、皇の舌が、オレの口の中に入ってきた。 はいぃぃ?!

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