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求愛⑦

✳✳✳✳✳✳✳ 「お詠様って、怖い人だと思ってた」 中庭のガーデンテーブルセットに腰を降ろすと、塩紅くんは開口一番そう言った。 ふっきーは眼鏡を上げながら『よく知らない人って怖く感じるよね』と、笑った。 「俺もふっきーって呼んでいい?」 「どうぞ」 「わぁー、嬉しいなぁ」 「見た目は、本当に似てるね。雨花ちゃんとキミ」 「やっぱり?!俺もビックリしたんだよ!こんなに自分と似てる人見たの、初めてだから」 ふっきーも、オレと塩紅くんが似てると思ってるんだ? 塩紅くんが『いただきまーす』と言いながら開いたお弁当は、見るからに小さい。 オレが『お弁当、少ないね』と言うと、塩紅くんは『ばっつんのは思ったより大きいね。そんな細いのに』と言いながら、ご飯を一口、口に入れた。 「いっつも田頭とかに食べられちゃうから、オレは全部食べたことないんだけどね。ふたみさんが悲しむから残したくないけど、今日は一人でこんなに食べられるかなぁ」 「食べられない分、捨てちゃえば?」 「えっ?!」 塩紅くんの言葉に、ものすごいビックリした。 捨てるなんて出来るわけないじゃん! 「お弁当箱に何にも残していかなきゃ、梓の二位は全部食べたって思うじゃん。それよりばっつん、側仕えに”さん”付けしてるの?ビックリ!」 塩紅くんなりに、ふたみさんを悲しませない方法を考えてくれたのかもしれないけど……その案は採用出来ないよ。 自分のお弁当箱を開きながら、ふっきーが『浅いね』と、ぼそりと呟いた。 「え?」 「食べられない分、僕に分けてよ、雨花ちゃん」 ふっきーはオレにお弁当箱の蓋を渡して『ここに貰える?』と、笑った。 「いいの?」 「梓の二位、本丸の次期仲居頭にって言われてたんでしょ?そんな人のお弁当、食べてみたいって思ってたんだ」 「えっ?!ふたみさんって、そんなすごい人だったの?」 「雨花ちゃん、知らなかったの?」 ふっきーはそう言って笑ったけど、そんなの知らなかったよ!ふたみさん、そんなこと何にも言わないし! 「残すかもなんて悩むくらいなら、最初からそんなに作らせなきゃいいじゃん。多過ぎなんだよって言ってやればいいのに」 「そんなこと……」 塩紅くんって、はっきり言うんだなぁ。 確かに最初から減らしてもらえばいいことなんだけど……オレが痩せ過ぎなのを心配して、たくさん作ってくれるふたみさんに申し訳なくて、少なくして欲しいって言えてなかった。いつもは田頭とかかにちゃんが喜んで食べてくれるからいいと思ってたけど、オレが食べてないなら、ふたみさんに嘘をついてるってところで、塩紅くんのさっきの案と何ら変わりないことをしてるんだ。 オレが落ち込むと、塩紅くんは『ばっつんって、前評判よりてんでモジモジ君だったんだね』と、肩をすくめた。 「そんなことよりさ、天戸井とちーくん、どこに行ったんだろ?昨日はどこで食べたの?ばっつん』 「え?……っと、屋上」 急に話を変えてきた塩紅くんに、そう返事をした。 ただ"屋上"って言ったら、本館の屋上を指している。昨日皇と行ったのは、生徒会棟専用の屋上だ。そこまで言わなかったのは、何となく……言いたくなかったから。 「へーそうなんだ。ねぇ、ふっきーはいっつもちーくんとお昼を食べてたんだよね?どこで?」 「ん?本館五階にある会議室が多かったかな」 「え?本館の五階って入れるの?」 「うん。すめだからかな。鎧鏡家は神猛学院の創設に関わってて、学院の中に鎧鏡家専用部屋をいくつか持ってるんだって。本館五階の会議室もその一つらしいよ」 「へー……ふっきーはそんな特別な所に連れて行ってもらってるんだ?いいなぁ」 そう言って塩紅くんは、口を尖らせた。 「あそこは特別な場所じゃないと思うよ。誰でも行けるし。鍵がないと入れないような所は、特別だろうけどね」 鍵がないと入れない場所……零号温室も、鍵が付いてた。 「そうなんだ?特別な場所か……連れて行ってもらいたいなぁ。明日は俺が当番だから、ちーくんにおねだりしよっかなぁ」 「……」 零号温室よりもっと、特別な場所があるのかもしれない。そこに塩紅くんは、明日連れて行ってもらえるかもしれない。 素直さって、大事なんだな。オレ、皇にいっつも素直じゃないことばっかり言っちゃうから……。 何か落ち込む。 「ねぇねぇばっつん。そのものすごく美味しいっていう、梓の二位のお弁当、俺にもちょっと食べさせて」 オレが『うん』とお弁当を差し出すと、塩紅くんは、カジキの照り焼きを口に入れた。 「ん。……ん?思ったより素朴」 そう言われて、何か……ムッとした。 "素朴"って、悪口じゃないんだろうけど、塩紅くんの言い方は、褒め言葉には到底聞こえなかったから。 「オレの好みに合わせてくれてるから」 「ふーん。直臣衆の息子なのに、ばっつんは舌が素朴なんだね」 舌が素朴で悪かったね! 「素材の味を大事にしてる上品な料理だよ。僕は好きだな。すごく美味しい」 オレが分けたおかずを食べて、ふっきーがそう言ってくれた。 だよねだよね?!ふたみさんの料理、美味しいよね?! 「あははっ。物は言い様だね」 塩紅くんに悪意はないんだと思う。思うけど! それでもムッとしちゃったのは、ふたみさんを馬鹿にされたように感じたからだ。 塩紅くんに悪意はない!悪意はないから!そう何度も心で繰り返して、自分の気持ちを落ち着かせた。

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