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求愛⑧

「今週さ、ちーくんの渡りが始まったじゃない?」 「え?うん」 「渡りって、どんな感じ?」 「えっ?!」 何てことを!どんな感じって、何をどう説明したらいいんだよ? 「そういうの、人に聞くことじゃないと思うけど」 ふっきー!さすがだよー!ワタワタしちゃったオレとは違って、なんて冷静な返し! 「ふっきーって、見た目通りのお堅い優等生キャラなんだね」 「……」 あ。 ふっきーが珍しくムッとしたのがわかった。 「ま、いっか。二人の夜伽話とか、詳しく聞かされてもね」 じゃあ聞くなよ!……って、サクラとかが相手なら、即、突っ込んでるとこだ。 塩紅くんって、無邪気に人の感情を逆撫でしちゃう人なのかな?遠慮がないのはサクラもないけど、サクラの無遠慮とは、また違ったタイプだ。 何ていうか……言葉の端々に悪意っていうか……いや、悪意は言い過ぎだけど……何かちょっと、突っかかる感じがする。 「そう言えばさ、駒様が夜伽上手ってホントなの?」 塩紅くん!またまた何てことを! 「駒様と寝てみたら?わかるんじゃない?」 うわあっ!ふっきーがそんなこと言うなんて! 「あははっ。いくらなんでもありえないよ。ちーくん以外と寝たら、奥方候補失格でしょ?」 「そうなの?!」 「普通に考えたらそうじゃない?」 「そう、だよね」 そりゃそうだよね。オレ、あの時先輩に襲われなくて本当に良かった。 「ちーくんのお渡り、楽しみだなぁ」 塩紅くんはふふっと笑った。 塩紅くんは、一年前のオレとは、全然違う。オレは、皇の渡りが怖くて仕方なかったもん。 やっぱり奥方教育を受けてる人は、皇にあんなことされるのも、最初から喜んで受け入れられるもんなんだ。 天戸井くんも、最初から皇を好きだって宣言してたし。 オレはいつから皇のこと、こんなに好きになったんだろう? オレは、みんなみたいに最初から皇を受け入れてたわけじゃない。でも、今では誰にも負けてないって言えるよ?……皇のことが、好きって、気持ち。 最初はあんなに嫌がってたのに……。 去年のオレの皇に対する嫌がりようを思い出したら、つい笑ってしまった。 「何笑ってんの?ばっつん」 「え?ううん、何でもない」 皇を好きになって、たくさんモヤモヤしたり、嫌な自分を見つけたり、苦しくなることも多いけど、それでも今は、苦しいよりずっと、幸せって気持ちが勝ってる。 「思い出し笑い?いやらしいなぁ、ばっつん。ちーくんって凄いの?毎日、候補のとこに渡るって相当なスタミナだよね!」 「渡りイコール夜伽ってわけでもないと思うけど」 確かにふっきーの言う通りだ。オレなんか、どれだけの期間、夜伽無しだったことか。 「え?夜伽もしてもらえないとか、そっちの魅力がないってことじゃん」 嫁のことは『心身共に満足させないといけない』とか、皇、言ってたし、夜伽も大事な要素なんだろうとは思うけど……。 「それだけじゃないと思うよ」 ふっきーを援護するようにそう言った。 皇は夜伽の相性、とか、それだけで嫁を選ぶような人じゃないと思う。 何を基準に嫁を選ぶのかなんて、皇に聞いたことはないから、何となくそう思うってだけだけど。 「二人共、そんな風に言うってことは、もしかして、夜伽してもらってないとか?まさかね」 「え……」 ここでむきになって『してるよ!』とか言うのもどうかと思って、口をつぐんだ。 昨日の昼休みを思い出して、ゾクリと背筋が震えた。 「え?まさか夜伽してないって図星?まぁばっつんはまだしも、ふっきーは見た目からして煽られないっていうか……」 何、それ?! 「ふっきーはすごく綺麗な人だよ?!」 「は?何でばっつんがムキになってるの?え?ばっつんって本当はふっきーのことが好きだったりして」 だって何か……いい加減腹が立って……。 「ふっきーは綺麗な人だし!うちのふたみさんは、すごく料理上手なんだよ!オレの大事な人たちのこと、馬鹿にしないでくれる?!」 「え……」 塩紅くんは、ものすごくビックリした顔をしたあと、ガバッと頭を下げた。 「ごめん!そんな風に聞こえたなら、ごめん!馬鹿にしたつもりはなかったんだけど。俺、ホント考えなしで、すぐ調子に乗っちゃって……ごめん!ホントに馬鹿になんてしてないから!」 「あ!いや、オレこそ……何かムキになって……ごめん」 すごく腹が立ったとはいえ、あんな風に怒った自分に、自分で驚いた。 鎧鏡を知らなかった頃のオレなら、誰かにこんな風にはっきりと、怒ってることを言えなかったと思う。 今でも誰かと揉めるのは嫌だけど、でもそれよりも、ふたみさんとふっきーはすごいんだって事実を、守りたかった。 「ううん。そんな風にはっきり言ってくれて嬉しいよ!ばっつん、かっこいい!」 塩紅くんは、オレにガバッと抱きついた。 「ふっきーも、ごめんね?」 「ううん」 「うわー。何か今ので二人とすごく仲良くなった気がする!」 昼休み終了のチャイムが鳴った。 ずっと楽しげな塩紅くんと教室の前で別れて、五時間目の授業が始まった。 だけど……。 皇が……戻って来ない。

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