264 / 584

求愛⑫

いつまでこの睨み合いが続くの?!と思っていると、藍田がふっと表情を緩めて、外を指した。 「今日のところは、あそこでずーっと睨んでる晴れ……だっけ?に免じて引くよ。このまますーちゃんがあっちに戻らないと、雨花がとばっちり受けそうだしね」 「え?」 藍田、塩紅くんのこと、気付いてたんだ。 「雨花がこんなことでいじめられそうになったら、鎧鏡の嫁候補だろうが、僕、あいつのこと消すからね」 「なっ……」 「すーちゃんは他の嫁候補から、雨花を守るなんて出来ないでしょ?すーちゃんにとって、雨花とあいつは同じ嫁候補だろうけど、僕にとっては、全然違う。雨花のことは、僕が守る」 「……」 「すーちゃん、早く戻ってあげなよ。僕も行くからさ。あいつが消されても、雨花のところにいたいって言うなら、止めないけど」 そう言うと、藍田は本当に行ってしまった。 「……衣織に何をされた?」 「何にも、されてない」 つっけんどんな言い方になってしまったのは、藍田の言葉に動揺したのと、未だに塩紅くんが、こちらを睨んでいるからだ。 せっかくのランチ当番の時間を奪われたーって、この前オレも藍田のこと、ムカついてたじゃん。 塩紅くん、ランチ当番をすごく楽しみにしてたし……相当、怒ってる? ……オレに?……なのかな? 「本当に、早く戻らないと」 促すように皇の腕を押すと、ジッとこちらを見た皇が、オレの両肩に手を置いて強く押し下げた。 オレは抵抗する間もなく、ストンっと廊下に膝をつけた。 「なっ、にす……っ!」 皇に文句を言おうと見上げると、オレの肩を掴んだまま見下ろしていた皇が、ふっとキスをした。 「っ!」 咄嗟に塩紅くんの顔が浮かんで、廊下の窓に目を向けると、今は視線よりも高い位置にある腰高窓からは、空だけが見えていた。 「あ……」 そっ、か。窓の下にしゃがみこまされたこの位置じゃ、塩紅くんから、見えるわけない。 「誰も見てはおらぬ」 「……」 「そなたを守るのは……余だ」 胸が……ギュウッと絞めつけられた。 「教室に戻れ。一人になるでない」 「……ん」 オレの手を引いて立ち上がらせた皇は、汚れを払うように、オレの膝を叩いた。 そのあと、オレが教室で田頭たちと一緒になったのを見た皇は、ふいっと行ってしまった。 「……」 「ばっつーん!ご飯食べてないよね?うんうん。早く食べちゃいな?」 すぐに話しかけてきたサクラは、気持ちが悪いくらい機嫌がいい。さっきまであんなに塩紅くんのこと怒ってたのに。 「え?あ……うん」 「そうだよね。ご飯より先にばっつんが……あ、いや……」 「ん?」 サクラはしばらく身悶えたあと『ああ!黙っていられないっ!』と、椅子から立ち上がって、オレの目の前に携帯電話を突き出した。 携帯の液晶画面には、廊下に膝を付けるオレの後ろ姿と、そのオレにキスしようとしている皇の姿が写っていて……。 「っ?!」 「はあ……ヤムヤムヤミー!」 そう言ってサクラが画面を操作すると、キスしそうになってから終わるまでの一連の写真が、次から次へと……。 連写ぁ?! 「これでGIF作って、エンドレス再生するんだ!あ!でも僕、家じゃないと作れない!そだ!かにちゃんなら今出来る!」 かにちゃん?! 「ちょっ!やめ!かにちゃんにまでバラすな!」 「え?かにちゃん、がいばつ知ってるよ?」 「は?!」 「っつか、がいばつを邪魔するものは、なんぴとたりとも許さない!」 前と同じヒーロー的ポーズを決めたサクラが、携帯を取り上げようとしたオレの中指を噛んだ。 「ぎゃあっ!」 なんぴとたりともって、オレもかよ?! サクラはかにちゃんにGIF作成を依頼し、かにちゃんは『高いぞ?』と、普通に請け負った。おーい! 「いいよ。きみやす以外なら何でもあげる」 「ははっ!」 「照れてる場合か!田頭!サクラを止めろ!」 「いやぁ、こればっかりは止められないだろ?」 弱っ!田頭、サクラに弱っ! かにちゃんが要求したのは、かにちゃんが『嫁』と呼んでいるアイドルが所属するグループのコンサートチケットだった。 サクラのうちの会社は、そのアイドルグループに衣装提供しているらしい。 サクラはそれを快諾して、二人は教室を出て行った。 「うあああっ!」 「まぁまぁ、悪用はしないだろうから」 そう言った田頭に肩を叩かれたけど……。 「そういう問題か!」 何が『誰も見てはおらぬ』だよ!一番面倒臭い奴に見られてるじゃん! ……でも。 「あの写真、絶対流出させるなよ!」 「ははっ。それくらいなら任せとけ」 あの時皇にキスされて……動揺が全部吹っ飛んだ。 サクラに見られてたのは、めちゃくちゃ恥ずかしいけど……さっきのことを忘れたくないし、なかったことには、したくない。 なんで中庭でお弁当食べてたくせに、さっき廊下にいたんだよ? 藍田に絡まれてたオレのこと、わざわざ助けに来てくれた……なんて、そんなこと、あるわけないか。 それでも……嬉しい。偶然でも、困ってたオレを見つけて助けてくれたのが、皇って、ことが。

ともだちにシェアしよう!