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愛しい気持ち②
「何か、雨花フラフラしてない?」
オレのおでこに伸びてきた藍田の手を、思い切り払った。
「呼び捨てすんな!」
皇が付けた名前を、お前が気安く呼ぶな!オレのこと、気安く触るなよっ!
「熱でもあるのかと思ったけど、元気じゃん。良かった」
藍田が安心したみたいに笑うから、急にどわーって、涙がこみ上げて来て……。
それを隠すように、急いでエレベーターに乗った。
「雨花?」
「一緒に来んなっ!」
藍田に背中を向けたまま拒絶すると、藍田の動きが止まったのが気配でわかった。
本気でオレのことを心配してくれてるんだって、藍田の顔を見れば、オレにだってすぐわかった。
でも、藍田にそんな心配されたくない。
皇が……天戸井くんを選ぶとしても、藍田に泣きつくなんて、そんなこと絶対したくない。
「……」
「……」
エレベーターの扉が閉まって、オレは一人で、思い切り泣いた。
オレを抜かして、天戸井くんのところに渡るとか……。
こんなあからさまに、オレじゃないって、わからせることないじゃないか!
「ひど、ぃよ……」
酷いよ。
生徒会室棟の五階フロアには、何に使うのかよくわからない部屋がいくつもある。
一番奥にある部屋は、一見誰か個人の部屋のようだ。机、ベッド、テレビやオーディオ機器まで揃っている。
その部屋に入ってベッドに突っ伏して、泣き腫らした目を閉じると、廊下を誰かがこちらに近付いてくる足音が聞こえてきた。
まさか……藍田?
「雨花ちゃーん?いるー?」
「えっ?!」
廊下から聞こえてきたのは、ふっきーの声だ。
その時、昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴った。
何でふっきーが?え?この声、ふっきーだよね?
「ふっきー?」
呼びかけながら部屋のドアを開けると『あ!ここにいたんだ?』と、ふっきーはオレに笑いかけた。
「何で?」
「ん?何で?何で僕が来たのかってこと?」
ふっきーは部屋に入って、ドアを閉めながらそう聞いた。
「うん」
「藍田くんに、雨花ちゃんのとこに行ってくれって頼まれたから」
「えっ?!」
何で藍田が?何でふっきーに?
「”僕が行ったら駄目みたいだから”って、言ってた。”詠ならどんな事情でも聞いてあげられるでしょ?”って。……どうしたの?」
ふっきーはオレの顔を見ると、眉を下げて、オレの目尻をスッと撫でた。
優しげなふっきーの声と、あんな酷い態度を取ったオレの気持ちを考えて、ふっきーをここに寄越してくれた藍田の言葉に、鼻の奥がツンとした。
途端にまた涙が滲んできて……オレはふっきーに泣き顔を見られないように、ベッドにダイブした。
「……」
声を出さないように、涙を引っ込めようと必死になっていると、ふっきーはベッドに座って、オレの肩を何度か撫でた。
「すめのこと?」
「……」
小さく頷くと『そうだと思った』と、また肩を撫でられた。
「すめに何されたの?」
そう聞かれて、オレが学校を長く休んでいた時、ふっきーがオレのために皇を怒ってくれたという話を思い出した。
「ふっきーは、いつでも皇の味方だと思ってた」
「え?味方だよ?」
ベッドに突っ伏したままのオレの肩を、ふっきーはポンポンと撫で続けていた。
「すめに何されたの?なんて、皇が悪者みたいに言ってるじゃん」
「あ……ははっ。さすがに悪者とは思ってないよ?ただ、雨花ちゃんが泣いてるのは、すめに何かされたからだろうって……あ、やっぱり悪者扱いしてるね。あははっ」
ふっきーがおかしそうに笑うから、オレの涙も引っ込んだ。
「何も、されてない」
「ん?」
ようやく顔を上げたオレを見て、ふっきーはニッコリ笑った。
ふっきーに渡りの愚痴を話すなんて……おかしいかな?
でもふっきーだって、同じ立場なんだし、考え方は違うかもしれないけど、気持ちはわかってくれるよね?
「ただ……今日、皇……天戸井くんに、渡るって……」
「え?うん。それで?」
それで?えっと、それで……。
「だって……順番で言ったら、今日はオレの番なのに……」
「え?順番?」
「え?うん。順番」
ふっきーは一瞬考えた顔をして、盛大に吹き出した。
「えっ?渡りの順番を抜かされたってこと?それで落ち込んでたの?」
ふっきーは目の前で爆笑し始めた。
ちょっとー!
「何で笑ってんの!」
いくらふっきーでも腹立つよ!
「もー、本当に可愛いね、雨花ちゃんって」
ふっきーは、ベッドに座り込んで睨んだオレの腕をポンポンと叩いて、にっこり笑った。
「そんなことでこんな落ち込むなんて……」
「え?」
ふっきーは『絶対すめには教えてやらない』と、ハハッと笑った。
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