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愛しい気持ち④

✳✳✳✳✳✳✳ 生徒総会の準備は、予定通り順調に進んでいる。 今日はここまでで帰ろうという時、今朝の側仕えさんたちのウキウキ感を思い出した。 「はっ!」 「どしたの?ばっつん?」 「あ……ううん」 今日、うちの側仕えさんたちは、オレのところに渡りがあると思っているはず!それなのに、今日皇が天戸井くんに渡ると知ったら……側仕えさんたち、ガッカリするだろうなぁ。 「はぁ……」 「大丈夫か?ばっつん」 「あ、うん」 「ここんとこ毎日だから疲れたか?でもサクサク進んでるからさ。29日の祝日は、予定通り休もうな」 「ああ」 いや、田頭。ありがたいけど疲れてるわけじゃないんだよ。 あー、どうしよう……。って、どうにも出来ないけど。今日、天戸井くんに渡るとわかっても、みんな落ち込まないといいんだけど……。 もうすぐ七時。早ければ、そろそろ皇が渡ってもおかしくない時間だ。 オレは側仕えさんたちが心配で、焦りながら屋敷に戻った。 「おかえりなさいませ、雨花様」 「おかえりなさいませ!」 「た、だいま……戻りました」 迎えに出て来てくれた側仕えさんたちのテンションが高い。 え?もしや、まだみんな、今日皇がオレのとこに渡ると思ってる?あああああ!どうしよう。 「雨花様、29日の火曜日は、予定通り生徒会もお休みということで大丈夫でしょうか?」 いちいさんが、オレのカバンを受け取りながらそう聞いた。 「え?」 29日の火曜日?あ、そういえばさっき、予定通り休もうって、田頭が言ってたっけ。 生徒総会前だけど、29日の祝日くらいは休もうってことになって、学校も生徒会も休みの予定になっていた。 「あ、はい。休みです」 「良かったです。では若様にそのようにお伝え致しますので」 「え?」 若様に?え?皇に? 「先程、若様よりご連絡頂きました。火曜、雨花様が予定通り休めるようなら、月曜に渡っていらっしゃるとおっしゃっておいででした」 いちいさんは、オレが渡した生徒会の予定表を、ピラリと取り出した。 「えっ?!」 月曜日、渡る?! 「雨花様はここのところ、本当にお忙しいですから。土日もお休みなく生徒会のお仕事でいらっしゃいますし、こちらに帰っていらっしゃれば高遠先生の授業で……。お休み前日のお渡りでしたら、ごゆっくり出来ますでしょう。私共もそのほうが安心でございます」 いちいさんは『さすが若様ですね』と、ニッコリした。 「お渡りの翌日は祝日ですので、お毒味役様もいらっしゃらないでしょう。万が一に備えて、若様のご朝食の準備も、抜かりなくせねばなりませんね」 いちいさんはもう、ウキウキだ。 はあー……良かったあ。側仕えさんたちが、ガッカリしないで。 皇がそんな連絡をわざわざしてくれたなんて……。 皇……ホントにオレのために、渡りを抜かしてくれたんだ。 うわあ……にやける。 けど、朝ご飯は一緒に食べないよな、多分。 いちいさんがウキウキしてるとこ、申し訳ないんだけど。 「あの、いちいさん?皇、朝は一緒に食べないと思います。前、うちで朝食を食べた時、家臣団さんたちに注意されたみたいで……一人だけ優遇しないようにって」 「……」 そう言うと、ウキウキしていたいちいさんが、急に立ち止まった。 「いちいさん?」 「……あ。失礼致しました。そのようなことまで、家臣団が口を出すとは……」 「え?」 「いえ。……雨花様は何の心配も要りませんよ」 いちいさんはニッコリすると『今夜はうなぎですよ』と、笑った。 うなぎ……。きっと、今夜皇が渡ると思っていたからだろうなぁ。恥ずっ。でもこんな風に準備してくれてた側仕えさんたちを、ガッカリさせないで良かった。 皇……月曜日に、来るんだ。 「はあー……」 嬉しくて、ドキドキする胸を鎮めるように、大きく深呼吸しながらダイニングに向かった。 月曜の朝、学校はいつもより明らかに閑散としていた。 この土日から、自主的にゴールデンウィークに突入した奴らが多いらしい。みんな、海外とか行ってるんだろうなぁ。 でも……オレに、休みの奴らが羨ましいとか、そんな気持ちはさらさらなかった。 だって今日は……。 「ばっつん、おはよー」 振り返ると、見るからに南国風な小物を持ったサクラが立っていた。 ……休みたいんだね、サクラ。わかりやすっ! 「おはよ」 「僕も早くバカンスに行きたい!とにかく今日はガツガツ仕事して、明日は絶対休むよ!ばっつん!」 「おー!」 「え?珍しくばっつんがノリノリ」 あ。つい張り切ってしまった。恥ずっ!突き上げた拳を、急いで下ろした。 「何?何?明日、何かあるの?」 「なっ!ない!ない!なんもない!」 「ええー?うっそーん。何かあるんでしょう?」 「ないってば!」 サクラは執拗に聞いてきたけど、ホントに明日、何かなんてない。 だって"何か"があるのは……明日じゃなくて、今日、だから。

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