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愛しい気持ち⑦
皇と車から降りると、いちいさんが急いで屋敷から出て来た。
あ!皇が迎えに来てバタバタしてたから、いちいさんに帰りますって連絡するの忘れてた!
「ああ、おかえりなさいませ」
いちいさんはホッとしたように、胸に手を置いた。
え?どうしたんだろう?
「ただいま戻りました。どうしたんですか?何かありました?」
「あ……駒様が、ご心配していらしたものですから」
駒様が?
「え?皇、何かしたんですか?」
隣の皇を見上げると、苦々しい顔をしただけで、何も言わない。
っていうか今の言い方、何かオレ、ふっきーみたいじゃん。
「あ、いえ。若様が飛び出して行かれたと……」
「えっ?!」
また駒様に何にも言わずに出て来たのかよ?駒様に何も言わずに候補に渡ったら、騒ぎになるって言ってたじゃん!
「もー!何にも言わずに出て来たら心配かけるだろ!連絡しないと!」
「あ!いえいえ、雨花様。そうではなく」
「え?」
「雨花様とご一緒なのは、駒様もご存知です。若様が怒って飛び出されたので……あの……お二人が揉めると面倒だからと……」
「は?」
面倒って……。
確かに、先輩が原因のあのゴタゴタの時は、駒様にも相当面倒かけたと思うけど……。
いちいさんは『心配要らないでしょうとは伝えたのですが』と、笑った。
「あ……でも皇、駒様に連絡しときなよ?」
皇は『ああ』と言いながら、とおみさんにオレのバッグを渡した。
あ、皇にバッグ持たせたままだった。
「私から駒様にご連絡しておきます」
「すいません。ありがとうございます」
オレがいちいさんに頭を下げると、いちいさんの後ろで、ぷっと誰かが吹き出した。
「こら!あげは!若様の御前で……」
あげはがさんみさんに怒られた。今吹き出したのって、あげはか。
え?何かオレ、おかしかった?
「申し訳ありません。だって、若様のことなのに、雨花様がお礼をおっしゃったから」
「あ。そうだよ!皇が言うべきじゃん!」
そう言ったオレを睨んだ皇を睨み返すと、いちいさんが『滅相もございません!』と、めちゃくちゃ恐縮した。
「雨花様って、反対ですよね」
そう言ってあげははまた吹き出して、さらにさんみさんに注意された。
「反対?」
何が?
「若様と側仕えの扱いが反対ですよね。雨花様、若様にはぞんざいにお話なさるのに、一位様とかには丁寧じゃないですか。普通反対だなって」
「あ……」
さっき『余をないがしろにしおって』と、皇に言われたことを思い出した。
そんなこと全然ないのに!って思ったけど、周りからそう見えるってことは、皇にそう思われても仕方ないか。
ちょっと心配になって皇を見上げると『早う入れ』と、背中を押された。その皇の口端が、ほんの少し上がってる。
それを見て安心して、皇に背中を押されるまま、屋敷に入った。
「美味いか?」
「ん」
和室で夕飯を食べ始めたオレを、皇はすぐ横で、肘をつきながら眺めていた。
っていうか……。
「近いっ!」
体は触れていないのに、皇の体温を感じる。それくらい近くで皇は、オレが夕飯を食べるのを、ただじっと見ていた。
皇から少し離れると、さっきまで温かかった左側が、涼しく感じる。
皇はいつもオレより体温が高い。
「食べづらいだろうが!」
「どこがだ?邪魔はしておらぬ」
こいつは!
オレは皇に箸を渡して『食べろ!』と、夕飯が詰まったお重を差し出した。
皇には、実際に体験させなきゃわかんないんだ。
「あ?」
「早く!」
「腹は減っておらぬ」
「いいから!」
鼻で笑いながらお重に箸を付けた皇を、肘をついてジッと見た。
……カッコいい。
……って!そうじゃないだろうが!オレ!
ついつい見とれてしまったオレはお構いなしに、皇はオレの夕飯をさらに食べた。
「ちょっ!食べ過ぎ!オレの夕飯無くなるだろうが!」
「あ?そなたが食えと申したのであろう?もう要らぬのではないのか?」
「違うよ!お前にもオレと同じ気持ちを味わわせてやろうと思ったの!」
「ん?」
「近くで見られてると食べづらいだろ?」
そう言って皇をじーっと見ると、鼻で笑った皇が、オレの苦手なトマトを食べて、キスをしてきた。
「っ!」
口の中にホワンと広がる、トマトの香り……。
「食うてやったぞ?苦手であろう?」
苦手だってわかってるなら、トマト食べたあとすぐ……キス、とか……すんなよ!バカ!
「トマトの味、した」
「ああ、香りも苦手か」
「……」
もー!今度ケーキ食べたあとすぐ、キスしてやる!とか、仕返しのつもりで考えたことに、顔が熱くなってしまった。
「余はそなたに見られようが、何の抵抗も感じぬ。そなたとて何を恥じらうことがある?そなたは何でも美しく食すではないか」
そんなこと言われたら、余計、食べづらいじゃん。バカ!
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