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愛しい気持ち⑧

結局、ずーっと皇に見られながら、いつもより急ぎがちに夕飯を食べ終えた。 お重を下げてもらうと、すぐに縁側から、カリカリという音が聞こえてきた。 「あ、シロだ」 急いで縁側を開けると、シロが皇のズボンの裾を咥えた。 「ん?どうした?シロ」 シロにはいっつもすごい優しい顔をするんだよね、皇って……。 「散歩のお誘いじゃん?」 「あ?」 「行こうよ。三の丸の庭、すごく綺麗だし」 「……」 ちょっと口を曲げた皇は、小さく息を吐いて立ち上がった。 シロのことすごい可愛がってるんだから、散歩くらい喜んで行け! 「良かったね?シロ。久しぶりに皇と散歩出来て、嬉しいよね?」 シロの頭を撫でて首にしがみつくと、何故か皇がオレの頭を撫でた。 「……何?」 「いや……それほど余と散歩に行けて嬉しいのかと思うてな」 「シロがだよ!シ、ロ、が!」 本当は、オレも嬉しいけど……。 ああ!塩紅くんの素直さを見習わなきゃって思ってたのに!はぁ……。 皇は顔をしかめて『やはりシロが優先か』と呟くと、シロと一緒に和室を出た。 何、それ? それ以上何も言わない皇の横に並んで、三の丸に向かって歩き出した。 「あ!この前ね、お館様に会ったんだ。ここで」 三の丸の遊歩道は、今日も綺麗に手入れがされている。 「ああ。元気でいらしたか?」 「え?会ってないの?」 「お館様に付いての勉強は終わったゆえ……そうなると、なかなかお会いする機会がない」 「そう、なんだ。うん、お元気だったよ」 皇は『そうか』と、優しい顔で笑った。 「三の丸のお屋敷、寄ってく?お会い出来るかもしれないよ?」 「いや……」 そっか。皇は用事もないのに、三の丸に来たらいけないって、大老様から言われてるんだっけ。 まぁオレも、柴牧の父上と母様には、そうそう会えていないけどさ。 13歳から一人暮らししてるみたいなもんなんだよね、皇って。 そりゃ同い年には見えないくらい大人びてても不思議じゃないか……って……。 「あ!オレ、お館様からいいこと聞いちゃったんだった」 「ん?」 「皇、とと様、かか様って呼んでるんだって?お館様と母様のこと」 「っ!」 皇、大人びて見えるけど……そんな一面もあるんだよね。 一般的に皇って、オレが最初思ってた、何を考えてるのかわからないけど何でも完璧にこなす、完全無欠のシュッとしたイケメンってイメージだと思うけど……。 サクラとか塩紅くんも、そんなこと言ってたし。 そういうイメージとかけ離れた皇を知るたび、何かオレ……すごい、嬉しいんだ。 皇のかっこいいイメージが崩れて喜んでるとか……ちょっと性格悪いかもしれないけど。 驚いた皇を見て笑うと『笑うでない!』と、睨まれた。 「別にいいじゃん。とと様、かか様なんて可愛いのに」 「かっ……そのようなこと、誰かに申せば……手籠めに致す」 「は?今更そんなの怖くないし」 そう言うと、皇は足を止めてオレを見た。 「……そうか。怖くないか」 「え?」 何か……ちょっと嬉しそうな顔をした皇は『早う戻るぞ』と、シロのリードと、オレの手を引いた。 「えっ?ちょっ……何?ちょっと!」 手を引かれたまま梓の丸に戻ると、皇は屋敷には入らず、シロのお気に入りの東屋に向かった。 「何してんの?」 「シロ。そなたは利口者だ。余の言うことがわかるな?これより先は、遠慮致せ」 「なっ……」 皇がシロの首筋を撫でると、シロはオレをチラリと見て、ツタのカーテンをくぐって東屋の奥に入っていった。 なっ……シロに、何言ってんの?恥ずっ! 顔を熱くしているオレを、皇はギロリと見下ろした。 「これ以上、余の渡りよりも優先したい用事なぞなかろうな?」 「……ない、と、思う」 皇の睨みに、若干おののきながら返事をしたオレの手を取って、皇は屋敷に急いだ。 高遠先生の授業、お休みにしておいて、良かった。 和室に戻ると、すでに布団が敷いてあって、着物が二着、揃えて置かれていた。 オレの手を掴んだままの皇は、オレの足を払って、布団にふわりと押し倒した。 「ちょっ……」 「何だ?」 オレのシャツのボタンを外しながら、皇は首筋にキスを落とした。 「お風呂……」 「風呂など良い。そなたは……余が渡らぬほうが良かったか?」 「っ……」 ここは、素直に言うべきなんじゃないの? 「余を……待ってはおらんかったか?」 素直に……。 「……」 ううっ。やっぱり恥ずかしくて、言えない。 「余は……今日を待っておった」 「っ!」 バカ……。 「待っておった」 「……オレ……も……」 ……違う。オレのほうが……お前なんかより、ずっと、ずっと……待ってた!

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