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愛しい気持ち⑩
「バカにしてる!」
オレのこと、弱っちいと思ってるくせに。
「しておらぬ」
「余に守られておれーとか、言ってたじゃん。オレのこと、弱いと思ってるだろ?」
「そなたは腕っぷしは弱いが、心根が強い」
皇は『そなたには勝てる気がせぬ』と、笑った。
そういえば、前もそんなこと言ってたっけ。そう言われても、ピンと来ないけど。
「雨花」
「ん?」
急に真面目な顔をした皇が、髪を撫でながらオレを呼んだ。
「聞くまいとも、思うたが」
「ん?」
「金曜、衣織と何があった?」
「え?」
「詠と共に、午後の授業に遅れたのは、衣織が原因なのであろう?」
皇、金曜のこと、どこまで知ってるんだろう?ふっきーに聞いたのかな?どこまで知っていたとしても、午後の授業に遅れたのは、渡りの順番にやきもちを焼いたのが原因とか……そんなこと、言いたくない。
「藍田が原因じゃないけど……オレ、藍田に酷いこと……」
「されたのか?!」
「違うよ。……逆」
「あ?」
ずっと心に引っかかってた。
金曜日、オレを心配してくれた藍田に、酷い態度を取ってしまったこと。
皇に、オレが藍田にしてしまったことを話したらガッカリされないか心配で、話すのが怖かったけど……。でも、自分の中だけに置いておくには心苦しい。
結局、具合が悪そうに見えたオレを心配して、声を掛けてくれた藍田に、あからさまに酷い態度を取ってしまったと、あの時の状況を説明した。
「それで良い。下手に衣織に近付くなと言うたのは余だ。そなたは余の言いつけを守っただけのこと。罪悪感を抱くことはない」
オレの頭を撫でて、皇はもう一度強くオレを抱きしめた。
「衣織は……余の昔馴染みの弟だと話したであろう?衣織の兄の静生 とは、以前話した特殊な幼児教育機関で共に学んだ。衣織とも一年、同じ時期に通っておった。あれは昔からあのように、人見知りのない、遠慮のない奴で、みなから可愛がられておった」
そこで皇は、小さくため息を吐いた。
「……そっか」
皇の腹から降りて、隣に寝転がって皇の手を握った。
皇はオレの手を強く握り返して、また話し始めた。
「あそこは、己が一般的ではないということを自覚するための教育機関であったように思う。逆に己らは特別なのだという意識も芽生えて、そこに通っている者同士の団結力は、ひどく強いものであった。奴らとは、互いに嘘も虚飾も要らぬゆえ、今も何かと理由を付けては集まっておる」
「そっかぁ」
皇にもそんな場所があるんだなぁ。嬉しいような妬けるような、複雑な気持ちになった自分に、苦笑した。
「中でも静生とは、馬が合う」
「へえ。似てるの?」
「ああ……静生とは、同じ劣等感を持っておったゆえ」
「劣等感?皇が?何?何?」
つい体を起こして皇を覗き込むと、首に腕を回されて、また胸に抱きこまれた。
「そなたは、余の弱点を知りたがって困る」
「そういうわけじゃ……」
いや、そういうわけだけど。
「そなたも言うておったであろう?」
「え?」
「話し方だ」
皇は『以前そなたに話し方がおかしいと言われ、余は相当挫けた』と、ぎゅうっとオレを抱きしめた。
あれ、気にしてたんだ?
「オレ、そのままがいいって言ったじゃん」
「そうだが……」
「藍田のお兄さんも、皇みたいに話すの?」
「いや。藍田は北を統治しておった一族で、独特な訛りがある。衣織も訛っておったに、いつの間にやら標準語なぞ話せるようになりおって」
藍田の話をする皇は、どことなく、優しい顔をしている。
「幼き頃は、静生に付いて参った衣織ともよう遊んでやったものだ」
「そうなんだ?」
「ああ。あの頃余は……衣織を実の弟のように思っておった」
そっか。藍田は多分、今でも皇にとって大事な弟なんだろう。皇の顔を見てたら、わかるよ。
藍田はあのまんま、本当にいい奴なんだろうな、きっと。
オレ、皇に気を付けろって言われて、先輩の時みたいになりたくなくて……藍田に対して変にビクビクしてた気がする。
でも、皇がそんな風に思ってる奴だって知ったら、急に藍田が可愛く思えた。
「オレ、今度、藍田に謝る」
気を付けなきゃいけない藍田に、謝ったら駄目だって、思ってたんだ。でも、皇がそんな風に思ってるなら、謝ってもいいよね?
「衣織には、余から謝罪する」
「へ?自分で謝れるよ」
「そなたとて、余がすべき謝罪を一位にしたであろう?同じだ」
何だよ、それ。全然同じじゃないと思うけど。
「オレ、自分で謝りたいよ」
「そうか。では、共に参れば良い」
「ん」
皇の手を、今度はオレから強く握った。
皇の隣って……どうしてこんなに、安心するんだろう。
もう何もかも大丈夫な気がして、めちゃくちゃ眠くなってきた。
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