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愛しい気持ち⑪
「衣織が原因でないのなら、金曜、詠と何をしておって遅れた?」
「え?」
まだその話、続いてたの?
「何だ?」
「……内緒。ふっきーに聞いてないの?」
「詠は何も話さぬ。余に隠さねばならぬようなことなのか?」
皇が何にも知らないんだったら、余計、渡りの順番どうので、ふっきーに泣きついてたとか……そんなこと、絶対言いたくない。
「隠さないとならないことって、どんなことだよ?」
「余が聞いておる」
「話を聞いてもらってただけだよ」
内容は言わないけど。
「何の話だ?」
「……内緒」
「隠し立て致せば、手籠めに致すと言うたはず」
「だから、それもう怖くないし。……言わない」
散々手籠めみたいなことしておいて……。
「ほう。良いであろう。口淫ごときで泣きべそをかいておるそなたの口を割らせる手段は、いくらでもある」
「えっ?!」
皇は、オレの両手を布団の上で押さえつけて、ニヤリと笑いながら見下ろした。
結局そのまま皇は、オレの具合が悪くなったからなんていう理由で、うちの屋敷に翌日の夕方まで入り浸っていった。
実際、一晩中寝かせてもらえなかったオレはぐったりしてたから、あながち嘘じゃないんだけど。
そこまでされても、ふっきーと何を話してたのか口を割らなかった自分を褒め称えたい。
いや本当は、早い段階からもう、そんなのどうでも良くなってたけど。
オレの具合が悪いというのを聞きつけて、いちいさんが和室に様子を見に来てくれた時、オレは無理矢理皇と一緒に風呂に入らされていて……いちいさんにはその時点で、オレの具合の悪さが、病気からくるものではないっていうのがバレたと思う。恥ずっ!
無駄に豪華な朝ご飯と昼ご飯が出てきたのが、バレてた証拠だろう。
だって病気で体調が悪い人に、精の付きそうなこってりした料理、出さないでしょ?普通。
いちいさんに、皇の朝ご飯は要らないと思うとか言っちゃってたのに、朝ご飯どころか、昼ご飯まで準備してもらうことになるとか……急にこんなことになったのが申し訳なくて『皇の分まで準備して、誰かご飯を食べられなくなった人はいませんか?』と、ふたみさんに聞くと『一位様から念のためにと準備を言いつかっておりましたので、ご心配要りませんよ』とにっこりされた。
いちいさんっ!
ふたみさんとのやり取りを聞いていた皇が『そなたはそのようなことまで気を遣うのか』とか言うから、『だって気になるじゃん』と返すと『余はそのようなことまで気にしたこともなかった』と、オレの頭を撫でてきた。
『お前がそんなとこまで気を遣ったら、みんなが疲れちゃうだろ。気にすんな』ってオレが笑うと『それもそうだな』と、皇も何だか嬉しそうに笑った。
昨日、サクラに『明日は何にもない』とか言ったけど、結局、一日一緒に過ごしてしまった。
午前中はほとんど一緒に寝ていて、午後は高遠先生の宿題を一緒にやってもらってただけだけど。
夕方、皇のところに駒様から電話が入って、皇はようやく本丸に帰って行った。
夕飯を食べたあと、高遠先生に出された膨大な量の課題をこなしていると、遠くで渡りを告げる鈴の音が聞こえたような気がした。
ドキドキしながら窓を開けると、やっぱり遠くで渡りを告げる鈴が、確かに鳴っている。
皇……塩紅くんのところに、渡るのかな。
「……」
塩紅くんにとっては、初めてのお渡りになるはずだ。
最近、渡りの鈴の音を聞かないようにしていたのに……何で聞こえちゃったんだろう。
ついさっきまであった皇の温もりが、もうすぐにでも塩紅くんを包むのかと思うと……今すぐ止めに行きたい気持ちでいっぱいになった。
「ふぅ……」
大きく深呼吸をして、イヤホンで大音量の音楽を聴きながら、また高遠先生の課題に取り組み始めた。
しっかり勉強して、皇が助けたい人を助けられるような医者になろうって決めたじゃん!そのためには、今勉強して……。
「……」
……行かないで。
行かないでよ。
将来の立派な目標なんか、目先の苦しみですぐ消えそうになる。
行かないでよ。オレ以外の人のとこに、行かないでよ!
自分の独占欲で、胸が潰れそう。
昨日からさっきまでずっと、オレが皇を独占してたじゃん。
今度は塩紅くんの番なんだよ?
そんな風に自分に言い聞かせようとしても……誰を苦しめても構わないから、皇をずっと独り占めしていたいとか……そんな醜い考えしか浮かんでこない。
皇が誰を選んでも、みんなが揃って幸せなんて、そんな都合のいい結末なんかないことに……今更ながら、気付いた。
誰かを絶対に傷付けることになる。それでも……。
それでも……皇と一緒にいたい。
いたいよ。
いたい。
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