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りぷれい③

「去年の体育祭は……」 そう言い出した皇の言葉を遮って『去年の体育祭の日はごめん!』と、皇に頭を下げた。 「何の謝罪だ?」 「去年、オレが勘違いして揉めたじゃん」 去年の体育祭の日、皇に役立たずと言われたと勘違いして、家出した思い出が蘇った。 今にして思えばあれが、皇のことをどんどん知っていくきっかけになったって、思う。 あの時はホントに、生きるか死ぬかみたいになってたけど……あの日があって良かったって、今は本当にそう思える。 「あれは、余の言い方が悪かったと言うたであろう」 皇はため息を吐いて、オレの頭をポンッと撫でた。 確かに誤解するような回りくどい言い方だったけど……あれがあったから、皇がオレのことをちゃんと見てくれてるんだって……知ることが出来たんだ。 「あの時、オレ、自分で自分のこと役立たずだって思ってたから……あんなに腹が立ったんだ」 そう言って笑うと、皇はオレをじっと見て、少し躊躇うように口を開いた。 「あの頃……そなたが鎧鏡を知らぬままに候補となったのを、快く思わぬ者がおると聞かされた。余が手順を踏まず、そなたを候補に迎えた事も、そなたのあらぬ噂を助長させるに十分な過ちであったと……大老に咎められた」 「え……」 「鎧鏡を知らぬで育ったそなたに、鎧鏡の嫁が務まるわけがないと……候補の用を、なさぬなどと、申す者がおると聞いておったゆえ……」 皇は、そこで言葉を詰まらせた。 言葉を選んで話してくれてるみたいだけど、要するにオレは家臣さんたちから、候補として役立たずって言われてたってことでしょ? 去年お前がオレに、何であんな回りくどい言い方をしたのか、わかった気がする。 「オレ、家臣さんたちから、鎧鏡の嫁候補として何も出来ない役立たずって、言われてたんだろ?だからお前、あの時わざわざ"候補として役立たずだとしても嫁候補だ"、なんて言ったんだ?」 「……ああ。そなたに、そのような噂を否定せねばと、ずっと思うておった。ゆえにあのように回りくどい言葉になり、結果そなたを傷つけた」 皇は、そこでオレを抱きしめた。 「許せ」 「もう許したじゃん。……もう一回?」 「……ああ」 「許す」 何回でも許すよ。全然怒ってないけど。 みんながオレのこと役立たずって言ってたのに、皇はそんな風に思わないでいてくれたんだよね。 オレのこと頑張ってるって、役立たずなんて思ったことないって、あの時言ってくれたの……すごく、嬉しかったよ。 皇は『今ではそなたをそのように申す者は誰もおるまい』と、オレの頭にキスをした。 「余も……そなたに無能と言われ腹が立ったのは、余自身が己を無能と思うておったからであろう」 「は?お前が無能なわけないじゃん。流鏑馬まで出来ちゃうのに」 「流鏑馬が出来て、何の役に立つ?余は周りにお膳立てされた、鎧鏡の次期当主という日常を過ごすことしか出来ぬ能無しだ」 「何、贅沢言ってんだよ」 「あ?」 「鎧鏡の次期当主しか?それがどんだけすごいと思ってんだよ。お前にしか出来ないことなのに。お前が鎧鏡の若様だから、安心して過ごせてる人がどんだけいると思ってんだよ。お前、それ以上何がしたいわけ?」 「……」 オレが言ってる『無能』と、皇の『無能』は、意味が違うんだろう。 勉強が出来ても、走るのが速くても、流鏑馬まで出来ても、皇が思う有能さとは違うんだろうなって、何となくわかるけど……。 皇が自信なさげなことを言うから、腹が立ったんだ。 だって、皇が無能なわけないのに。そんなこと言ったら、オレのほうがずっと……。 「お前がそんなこと言うと、オレまで気分悪いよ」 皇がそんなことを言うから、オレの中の劣等感が、負けじと出て来たがって気分が悪いんだ。 オレなんかもっと酷いのにって……自分を貶して、お前のこと慰めようとするから……。 「流鏑馬出来て何の役に立つか?お前の流鏑馬見て、みんな感動してたじゃん!今年も豊作だーって、みんなのこと喜ばせられてるじゃん!うちの若様はすごいって、お前は家臣さんたちみんなの自慢なのに……無能とか言うな!」 皇の胸に頭をぶつけると、皇はまたオレを抱きしめた。 「そなたにとっても、そうか?」 「え?」 「余は……そなたにとっても、自慢か?」 皇はオレの頬を両手で包んだ。 合わせた視線を外せない。 嘘を吐く気もなかったけど、本当のことしか、言えなくなる。 「……ん」 オレの好きな人は、ホントにホントにすごい人なんだよ!って、お前のこと、世界中の友達のところに、連れまわしたいくらいだよ! 「そうか……」 キスされたくて、目を閉じた。 軽く触れた唇が離れて、皇の胸に抱きしめられると、皇の心臓の音がドクドクと小刻みに鳴っていた。 皇……。 その時、校庭のほうから、お昼休みに入りますという放送が聞こえてきた。 「あ……お昼休みだって」 「ああ。……雨花」 「ん?」 「今は……去年の体育祭、そなたを怒らせて良かったと思うておる」 そう言われて、吹き出した。 「ん?」 「オレも、おんなじこと、考えてた」 『そうか』と笑った皇は、もう一度オレにキスをした。

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