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りぷれい⑤
「自分の弱さを認められる奴は強くなれるんだって。藍田はきっと強くなるよ」
「僕は今でも弱くない!」
「……そっか」
「今だって雨花を守ったのは僕だろ!」
「ん、そうだよな。ありがと」
そうお礼を言うと『全然ありがとうなんて思ってないじゃん』と、ぶすっとした藍田は『さっきだってすーちゃんが来なきゃ僕が助けてたのに!』と、オレを睨んだ。
ムキになっちゃって。
大きい家の若様って、みんなこうなのかな?皇もたまに変なとこでムキになるもんね。
背中をポンポンしようと手を伸ばすと、藍田にギロッと睨まれたので手を引っ込めた。
藍田は『はぁぁっ』と、大きくため息を吐いて、また膝に顔を埋めてしまった。
何かちょっと……子供扱いし過ぎちゃったかな。
「雨花がモテるの、今すごくわかった」
「え?」
「雨花って、誰にでもこんな風なの?」
藍田は、顔だけこちらを向けて、オレをじっと見た。
「へ?」
こんな風って……どんな風?
「何か……警戒心、薄いっていうか。僕、雨花のこと好きって言ってんのに、いいの?」
「何が?」
好きなのにいいの?って……何がだよ?そういう意味でお前に許すことなんか、一つもないけど。
オレが少し距離を取ると、藍田はぷっと吹き出した。
「すーちゃんは、いっつもどこかしらから狙われてるようなうちの跡取りだし、当然のように猜疑心の塊じゃん?そんなすーちゃんの嫁が、警戒心まるでなしじゃ務まんないと思うよ」
「え?」
教室の一番後ろの席で、ぼーっと窓の外を眺めてる皇が頭に浮かんだ。
あれが猜疑心の塊……かなあ?
いつもどっかから狙われてるっていうのは、鎧鏡家ならそんなこともあるかもなって思うけど……皇にはサクヤヒメ様のご加護があるって、本人がよく言ってるし、大丈夫なんじゃないの?
まぁでも、皇が人前で寝込んだら駄目っていうのは、警戒してるからか。でもそれ以外に猜疑心なんたらとか、ピンと来ない。
「すーちゃんって、人前で寝ないわ、トイレも自分ち以外じゃそうそうしないじゃん?野生動物みたいだよね」
「えっ?」
そういえば、皇がトイレに行くの……学校じゃ見た事ないかも。
「え?知らない?」
「あ、うん。知らなかった」
「そうなの?いつ襲われても自衛出来るように、外で何かに気を取られるようなことはしたらいけないって、幼稚園で習ったんだよ」
ああ、あの特殊な幼稚園でね……って、幼稚園でどんな教育受けてんの?ホント特殊だな!
「じゃあ、藍田もそうなんだ?」
「まさか。うちは放任主義だし、そんなの律儀に守ってんの、すーちゃんくらいなもんだよ。鎧鏡がそういう考えなんじゃないの?だから雨花に鎧鏡の嫁は無理そうじゃん?僕んとこおいでって」
「何どさくさ紛れに言ってんだよ!」
「あははっ。まあでも……外では一切ムラムラすんなって言われた意味……今わかった」
「は?」
外でムラムラすんなって、それも幼稚園で習ったの?!
「だって僕……雨花に気を取られてて……今、襲われたらきっと、避けらんない」
そう言って、藍田はオレに手を伸ばした。
「え……」
その時『それはいけません』という声が聞こえた。同時に、ふわっと風が吹いたと思ったら、ぐいっとお腹を抱えられ、宙に浮いた。
「うええええっ?!」
びっくりしている間に、藍田から離れたところに、ストンっと立たせられていた。
「え……え?」
キョロキョロすると、全身黒づくめの人が、いつの間にかオレと藍田の真ん中で、片膝をついて頭を下げていた。
藍田に向けて一礼したその人は『すーちゃんのイヌ?』という藍田の質問に、コクリと頷いた。
あ!この人が皇が言ってた、オレに付けてる忍び?!
「ふうん」
藍田がスッと立ち上がると、黒づくめの人も立ち上がって、一歩オレのほうに後ずさりした。
あ……れ?この香り、どこかで……。
背中しか見えないけど、この人って、あれ?
その時『一年A組、藍田衣織くん、急いで選抜リレーの集合場所に集まってください。繰り返します。一年A組、藍田衣織くん、急いで……』という放送が流れてきた。
「ちょっ……藍田!選抜リレー出るの?早く行かないと失格になっちゃうよ!」
そういえば、藍田に廊下で追いかけられた時、ものすごく足速いなって思ったっけ。
藍田は『ま、いっか。僕やっぱり雨花が好きだよ!リレー見ててね!』と、手を振って去って行った。
藍田が去ると、黒づくめの人がこちらに振り向いて、オレに頭を下げた。
目出し帽のようなものを被っていて顔は見えないけど、オレに一礼したあと、胸に置いた左手の人差指に、見覚えのある入れ墨があって……。
この入れ墨と、この独特な香り……この人って……。
「誓様?」
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