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りぷれい⑥

何の返事もしないまま固まってるってことは……やっぱりこの人、誓様なんだよね? 「誓様……ですよね?」 でも何で? そんな恰好でこんなとこにいて、オレのこと、藍田から守ってくれたって……こと、だよね? あっ!そういえば、去年の体育祭の時、オレのこと助けてくれた黒づくめの人も、誓様だったんじゃないの?そうだよ!この香り!え……何で?もう何が何だか……。 「どっ……どうして……その……誓、様だと?」 目の前の人は、顔を隠しているせいか声がくぐもっているけど、この声に話し方、絶対、誓様だ。 「その指の護符で」 「えっ?!」 今日はごついリングをしていない人差指を隠すように握った目の前の人は『誓様は……そのような物など……』とか、ごもごもと言っている。 いや、誓様でしょ?何か隠さないといけない事情があるのかな? 「あの……内緒、なんですか?誓様がそういう……その、忍者みたいな人だってこと」 駒様が皇の上臈って時点で、誓様が鎧鏡家の忍びだとしても全然おかしいことじゃない。 ……って、いや、ものすごく驚いたけどさ。 だって同じ嫁候補のオレのこと、守ってくれてるなんて……。 オレが誓様と逆の立ち場だったら、自分以外の皇の嫁候補のこと、あんな風に守れたかわからない。 藍田とうまくいっちゃえばいいじゃんとか、思っちゃったかも。 黙り続ける誓様だろう人に、オレは少しずつ近付いた。 この人が本当に誓様なら、きっと右手の内側にも……。 「樺の丸の釣り大会で、誓様のお隣で釣りをさせていただいた時、リングをしてる指からちょっとだけ、指の入れ墨が見えたんです。指に入れ墨って、誓様って怖い人なのかと思ったんですけど、指の入れ墨は護符だって、皇から聞きました。右の手の人差し指の、手の平のほうにも、彫られてるって……」 目の前の人の右手を取ってひっくり返すと、人差指の手の平側にも、同じような文字が彫られていた。 「やっぱり、誓様、ですよね?内緒なんだったらオレ、誰にも言いません」 「……いえっ!……申し訳ありません!」 黒い目出し帽のような物を脱いだその人は、やっぱり誓様だった。 誓様は、オレの前でもう一度片膝を付いて、深々と頭を下げた。 「出来うる限り、正体は明かすなと命じられており……偽るようなことを申しました。本当に申し訳ございません!」 誓様は、下げている頭をさらにガックリ項垂れさせた。 「あ!じゃあ皇に内緒にしておいたらいいですか?」 「雨花様のお心遣い、ありがたく存じます。ですが、若様には隠しきれないかと……。正体を明かすことになったのは致し方のないこととして、お許しいただけるかと存じますので。あの……」 「そうなんですか?」 「あ、はい。藍田家の三男様が、雨花様に過度に接触なさるのを避けるためでございましたので。それより、あの……雨花様」 「はい?」 「あっ!あのっ!……もっ……申し訳ありませんでした!」 「え?」 誓様は急にその場で土下座すると、オレが先輩に襲われた時、近くにいたのだと話し始めた。 何があっても絶対に候補に姿を見せてはならないと命じられていたので、助けられなかったって。 やっぱり誓様が、いつもオレに付いてくれてる忍びってことだ。 あの日誓様は、オレが先輩に保健室で襲われかけたことを皇に報告しに行って、報告し始めたところで激昂した皇が部屋を飛び出してしまったそうで……。 皇、勘違いしたって、言ってたもんね。 皇に全てを報告出来ないうちに、オレが三の丸に運ばれて、不登校になるわ、引きこもりになるわ、どんどん酷い状況になっていっちゃったわけで……。 そういうの全部、誓様は自分のせいだと責任を感じて、腹を切って詫びるつもりでいたと、オレに頭を下げた。 「誓様のせいじゃないです!」 去年の体育祭の日のことと同じように、先輩に襲われかけた日のことは、今にして思えば、あれがあったから、今、こうしていられるんだろうって、思ってる。 あの日、皇は確かに無理矢理だったし、話も聞いてくれなかったし、酷いって思ったけど……傷になるようなことはしなかった。 あの日がなかったら、きっとオレは今でも、皇に肌を許せていない気がする。 あの日がなければ、皇がオレをどれだけ大事に思ってくれているかも、今でもわかっていなかったかもしれない。 あの日から、何度も皇の腕の中で、幸せだなって思ってきたけど、もしあのことが原因で誓様が切腹なんてしてたら、オレ……皇と幸せになろうなんて思ったら駄目だって、きっと自分のことを責めて、今みたいにはなれてなかった。 「腹を切るなんて……そんなことしないでくれて、ありがとうございます」 「そのような!もったいないお言葉でございます!私は……ただその状況から逃れたいがため、腹を切ろうとしておりました。そんな私を、ぼたん様が体を張って止めてくださったのです」 「ぼたん?え?うちのぼたん、ですか?」 「はい」 ぼたんと誓様は、鎧鏡の忍び同士ってことなんだろう。 けど……ぼたん"様"?

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