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能ある鷹①

5月16日 くもり 今日は中間テスト最終日で……オレのランチ当番の日です。 今日もふたみさんに、皇と二人分のお弁当を持たされ、学校に送り出された。 今日の中間テストが終われば、ゆっくりした学校生活が送れそうだ。 生徒会は二学期早々に新役員の選挙が行われ、オレたちは学祭まで引き継ぎをしたあと引退する。 田頭が指名されて会長になったみたいに、次の会長も指名されてあっという間に決まるんだろう。 定期テストの日は、普通の日より、一コマの時間が短縮されている。 今日もいつもより一時間近く早く、昼休みを告げるチャイムが鳴った。 ガヤガヤし始めた教室で、スッと立ち上がった皇が、オレのロッカーをおもむろに開けてお弁当を持ち出し、廊下に出て行った。 何、勝手に人のロッカー開けてんだ、あいつ! 田頭に声を掛けてから、急いで皇を追うように廊下に出ると、ドアのすぐ近くに立っていた皇に手を取られて、生徒会室直通エレベーターに乗せられた。 また、零号温室に行くのかな? 「温室?」 「ああ」 繋いでいる手をキュッと握られて、急にドキドキしてくる。 テスト期間中で、しばらく渡りが止まっていたから、皇にこんな風に触られるのは、体育祭以来だ。 手を繋ぐだけで……こんなドキドキする。 ちらっと皇を見上げると、目が合って、ふっとキスされた。 ぎゅうって、心臓が絞られたみたい。 何度もキスしてるのに、何か……めちゃくちゃ、恥かしい。 皇がそのまま何度もキスしてくるから、下半身が熱くなってきて……ヤバイ!って時に、屋上に着いた。 た、すかった……。 エレベーターの中で、無駄に勃たせるとこだったあ! 「あ!今日、おにぎりだ」 お弁当を開いておにぎりに喜んでいると、皇に『雨花』と、呼ばれた。 「ん?」 「そなた、知ったそうだな」 「あ……」 何を、とか言われなくても、誓様のことだって、すぐにわかった。 誓様、オレに正体明かしたこと、皇に自分から話したのかな? 「梅といい、誓といい……何故そなたにばかり明かされる?」 「何故って……誓様のことは、お前から指の護符の話を聞いてたから、わかっちゃったんだからね?誓様のこと怒らないでよ?」 「護符か」 そう言って皇は、大きくため息を吐いた。 何かオレ、すごい悪いことしちゃったみたいな気になるじゃん! 「他の候補様には、絶対言わないよ?」 そう言うと、皇は顎に手を置いて、また大きくため息を吐いた。 何?他の候補様に話すと思ってんの?信用ないんだなぁ、オレ。 「ホントに言わないのに」 「そなたを信じておらぬわけではない」 「じゃあ何でそんな盛大にため息吐いてんだよ」 知っちゃったんだから、もう仕方ないじゃん。 「姿は見せるなと言うておったに……誓め」 「え、ちょっ……本当に怒んないでよ?誓様、オレのこと触らせないようにって出て来てくれて……」 「あ?触らせぬように?」 「え?」 皇は『誓は、そなたが一年のいざこざに巻き込まれそうになったゆえ助けに出たのではないのか』と、ギロリとオレを睨みつけた。 えっ?!一年のいざこざに巻き込まれて? 誓様ぁ!そういう話になってるなら、オレにも話しておいてくれないと! あ、まぁ、一年のいざこざに巻き込まれたってのは本当だけど。 でも、そこに藍田がいたら、意味は全然違ってくる。と、思う。 「あの……」 隠し事はしないって、皇と約束した。それに、皇……今はちゃんとオレの話、聞いてくれるよね? オレは、一年が喧嘩をしていると聞いて体育館裏に向かったところから、藍田がオレに手を伸ばしてきたから、誓様が出て来て止めてくれたんだってところまで、全部を詳しく皇に話した。 「……」 これは……話は全部聞いてくれたけど……怒ってる? 「あの……」 「誓がおらねば、衣織はそなたに触れたであろう。誓をそなたにつけておって正解だった」 顔をしかめた皇は、そう言ってオレを睨んだ。すごく怒られたわけじゃないけど……だから余計落ち込んだ。 「……ごめんなさい」 「ん?」 先輩の時もジルの時も、皇に気をつけろって言われてたのに、忠告を無視して襲われそうになった。なのにオレはまた、同じことを繰り返すところだったんだ。 皇は藍田のこと、弟みたいに思ってるのに、あの時オレが万が一、藍田に何かされていたら、その関係が壊れていたかもしれない。皇が誓様をつけてくれてなかったら、そうなっていたかもしれないんだ。 オレ、本当に危機感薄かった。 「お前に、大丈夫って言ったのに、結局助けられちゃって……」 そう言うと皇は『そなたの大丈夫なぞ信じておらぬと言うたであろう』と、オレの両脇を抱えて、自分の膝の上に乗せた。 「そなたを誰にも触れさせぬと誓った。そなたを守るのは余の役目だ」 「……」 「ただ、そなたが自ら危険に身を投じては、余とて守りきれぬと言うたはず。衣織に触れさせて良かったのか?」 「いいわけ……」 いいわけ、ないじゃん。 「衣織を助けに入ったまではわかる。その先二人になる必要があったか」 「だって……藍田、絡まれたあとガックリしてて……だから、大丈夫かなって思って、声、掛けたんだ」 「そなたが案ずることではなかろう」 「だって……お前が藍田のこと、本当の弟みたいに思ってるって言ってたから……オレだって、落ち込んでる藍田の話くらい、聞いてあげたいって、思って……」 「余にとっては兄弟同然でも、あれはそなたに懸想しておるのだぞ」 「でも、藍田はお前が弟みたいに思ってるヤツなんだから……おかしなことなんかしないって、思ったんだ」 そう言うと、オレを見上げていた皇が、オレのお腹に抱きついた。 「皇?」 「余とて……衣織がそなたに乱暴なぞせぬと思うておる」 「……」 「だのに、不安になる」 皇は、さらに強く抱きついた。 「衣織も余と同じではないかと、疑わしく思う」 「え?」 「衣織も、鬼畜のごとくそなたを求めた余と、同じ思いを抱くのではないかと……案ずる。このように苦しむなぞ……そなたにした行いの報いを、受けておるようだ」 「……」 そんな苦しそうな顔、しないでよ。あの日があったから今、お前のこと、抱きしめられてるのに……。 オレを見上げた皇の頬に、そっと手を伸ばすと、その手を取られて、ソファに押し倒された。 オレを見下ろした皇は『衣織にこれ以上、期待させるでない』と、オレのまぶたにキスをした。 「ん」 「そなたは……誰にも触れさせぬ」 皇の指が、唇をなぞる。 軽く開いた唇を、皇の赤い舌がざらりと舐めた。

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