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能ある鷹③
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「大変申し訳ないのですが、これしか手に入りませんでした」
お弁当を食べ終えた頃、温室にやって来たのは、微妙に変装して、何かを抱えている誓様だった。
皇の電話の相手、誓様だったんだ?
オレの前にやって来た誓様が、抱えていた物を、オレにうやうやしく差し出した。
学校指定のジャージだ。
「あ?」
皇はジャージを見て顔をしかめた。
確かに制服じゃないけど、でもこのズボンを履いてテストを受けるより断然いいからっ!
オレたちがお弁当を食べている間に、誓様が急いでどこからか調達してきてくれたのに、不満げな顔するなよ、もう!ついさっき、誓様に褒美取らせるとか言ってたくせに。ホント殿様なんだから。
そういうところが、皇っちゃー皇なんだけど……。
いやいや、皇に文句を言うのもなんだよね。オレのために頼んでくれたんだから。
「誓様!本当にありがとうございます!」
誓様の手を取ってお礼を言うと、すぐ皇に引き剥がされた。
ちょっとー!
「いえ。用が足りず誠に申し訳ないことでございます」
「いえっ!全っ然!めちゃくちゃありがたいです!すいません、誓様に変なことお願いして……」
誓様に頭を下げると、誓様はオレよりさらに低く頭を下げた。
「いいえっ!雨花様が恐縮なさることなど何もございません!若様のご指示で動いたまででございますので」
「誓、もう良い。去 ね」
誓様を睨み付けた皇のことは見もせず、誓様はオレに向けて頭を下げると、温室を出て行った。
「誓様って面白いね」
「あれは、主と認めぬ者への扱いが酷い。余は鎧鏡の次期当主というに……」
ジャージにササッと着替えながら、二人のやり取りを思い出して吹き出した。
誓様があんな態度なのは、皇のことを認めてないからじゃないのに。
「誓様ね、皇付きの忍びになるのが目標なんだってよ?」
笑いながらそういうと、皇はびっくりした顔をして『そなたはいらぬ事ばかり知っておる』と、そっぽを向いた。
これは……珍しく照れてる、のかな?
皇の顔を覗き込んでニヤリと笑うと、首に腕を回されて抱き込まれた。
「うわっ!」
「そなた一人で清々しい顔をしおって」
あ……そうだった。オレばっかり……気持ち良く、なっちゃって……。
ズボンのことで慌てて、騒いで、皇のこと……考えてなかった。
「あ、え……っと」
どうしよう。今更、何をどうしたら……。
あわあわしていると、皇が小さく吹き出して、オレをきつく抱きしめた。
「余は……そなたに触れただけで……満たされた」
皇……。
もぅ……何だよ!ものすごい、恥ずかしくて……めちゃくちゃ、嬉しいじゃんか。
胸が縮んだみたいに痛んで、皇のジャケットをギュッと掴むと、鼻で笑った皇に『だが次の渡りは覚悟しておれ』と、頭にキスされた。
「なっ……」
触れるだけで満たされたとか、言ってくれたの今さっきのことなのに!次の渡りは覚悟しておれって、さっきと言ってること全然違うじゃん!
「そろそろ戻るか」
そう言われて時計を見ると、次のテストまで、あと15分というところだった。
「うわ!急がなきゃ!」
バタバタしているオレを、優雅に足を組んで眺めている皇を横目に、急いでお弁当をしまって、二人で温室を出た。
「皇、テスト出来た?」
「あ?……愚問だ」
はいはい。皇は大概、三番以内に入ってるもんね。
いっつもふっきーが不動の一番で、オレは今まで、二十番までには入ってるって感じだった。
でも今回は!高遠先生のおかげで、いつもよりイケてる気がしてる!
「ふっきーってすごいよね。いっつもどんだけ勉強してるんだろ?」
「勉強をしている姿は見たことがない。パソコンで何かをプログラミングしてばかりいるようだ」
「……そうなんだ」
皇がふっきーのところに渡った時の話、なんだろうな。
皇が他の人のところにも渡ってるのはわかってる。だけど、他の人のところでどんな風に過ごしてるか、聞いたことがなかった。
ふっきーの普段の生活を皇から聞くのは……思ってたより、ショックで……。夜伽をしたとか、そんな話でもないのに。
パソコンに向かうふっきーを、そんな風に見てるのかと思うと、オレを見下ろす皇の柔らかい視線に、泣きたくなった。
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