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能ある鷹④

✳✳✳✳✳✳✳ エレベーターを降りると、サクラと田頭がこちらに歩いて来るのが見えた。 サクラたちもすぐオレたちに気付いたらしく、サクラがタタッと駆け寄って来た。 「ジャージ!」 オレを見て、鼻の穴を膨らませたサクラが、一言だけそう発してジャージを指差した。 これは……そういう嗅覚が異常に発達しているサクラに、ジャージに着替えた理由が、バレた? 悟られないように冷静を装おうとしていると、後ろから『あれ?ばっつん、どうしたの?ジャージなんて』と、声を掛けられた。 振り向くと、不思議そうな顔をした塩紅くんが立っている。 興奮しているサクラに気を取られて、後ろに塩紅くんがいることに、全然気が付かなかった。 「えっ……」 何でジャージかって……えっ……。 「そんなの、制服がグチャグチャのネチョネチョになったからに決まってるじゃん!」 サクラっ!何言ってんのー?!っていうか、やっぱりサクラにはバレてた!いや!ねちょねちょのぐちゃぐちゃじゃないから!ねちょ、ぐらいな……って!程度の問題じゃないけど! 「え?お弁当零したの?」 おー!塩紅くんがピュアで良かった! 「は?二人でヤラスィーことして、制服グチャグチャになったってことだよ。わかるでしょ?」 サクラはふんっと鼻を鳴らした。 サクラーっ!何、自信満々にそんなこと言ってんだよっ?! 塩紅くんは、サクラの返事に一瞬ものすごい怖い顔をしたけど、すぐにニッコリして『ちーくんがそんなことするわけないのを知らない人が何言ってんだか』と、鼻で笑った。 するわけない……って、塩紅くんも、皇が外であんなことをしたらいけないって、知ってて言ってるんだよね、多分。 「はいはい、そう思いたいよねー」 そう言いながらサクラは、後ろからのんびり歩いて来た田頭と一緒に去って行った。 何、すごい問題投げかけて、自分だけいなくなってんのー?! 「藤咲くんが妄想野郎って噂、本当だったんだね。本当はどうしたの?制服」 塩紅くんって、ホント、たまに刺々しい言い方するんだよなぁ。 「汁を零したのだ」 オレが返事をする前に皇はそう言うと、さっさと教室に入ってしまった。 汁を零したのだって、微妙に嘘じゃないっていうか……。 「やっぱりお弁当零したんだ?」 「あ……ん」 うんともううんとも取れる曖昧な返事を返すと、塩紅くんは『ちーくんが学校でいやらしいことなんかするわけないじゃんね?』と、笑いかけてきた。 やっぱり、塩紅くんもそのこと知ってるんだ。 返事に困ってまた曖昧に笑うと、塩紅くんは『もしそんなことするとしたら、俺、ちーくんを見損なうよ』と、唇を噛んだ。 「え?」 「ちーくんはサクヤヒメ様に護られてるから、もし一緒にいる時、襲われるようなことがあったら、危険なのは俺たち候補のほうでしょ?」 「あ、まぁ、うん」 「候補のほうが危険だってわかってて、丸腰になるようなことをするとしたら、その候補のこと、守る気ないってことじゃん!」 「……」 塩紅くんが言ってることは、ものすごい筋が通ってて、説得力がある。 皇……オレのこと守るとか言いながら、してることは、正反対? 「藤咲くんは知らないから、好き勝手言うよね。相当ちーくんとばっつんをくっ付けたいみたいだけど……俺、負けないから」 塩紅くんは『テスト頑張ろう』と、爽やかに笑って、教室に入って行った。 「……」 皇がオレを守るって言ってくれたのは……嘘じゃない、と思う。本気かそうじゃないかぐらい……オレにだって、わかるよ。 じゃあ何で……したらいけないのに、わざわざ外で、あんなことするわけ? 温室は安全な場所かもしれないけど、階段の下の物置でもしたし……パリでも……した。 キスも気を取られることに入るなら、もっとたくさん……。 「あっ!」 皇とふっきーが階段でキスしてた場面を思い出した。 皇、ふっきーとも学校でキスしてたじゃん! ふっきーと皇がキスしてるところを見たのはめちゃくちゃショックだったけど、さっきの塩紅くんの話を聞いた今は、二人のキスシーンを見ておいて良かったとさえ思えてきた。 だって、奥方候補ナンバーワンのふっきーが、助ける気もないどうでもいい候補のわけない。 そんなふっきーとも学校でキスしてたんだから、学校なら安心なのかも……って、ふっきーと皇がキスしてて安心って、めちゃくちゃ複雑だけど……。 考え込んでいると、午後のテスト開始の予鈴が鳴った。 うわ!落ち込んでないで、テスト頑張らなきゃ!医者になるためにしっかり勉強して、母様が出た東都大の医学部に入るんだから! そしたら……ふっきーだってキスしてたし、なんて……そんな安心のし方、しなくていいくらい、もう少し、自分に自信が持てると思うから……。 中間テストの最後は、英語のヒアリングテストだ。 得意科目だし、余裕で答案用紙を提出すると、ネイティヴの先生に『何でトレーニングウエアなの?』と、英語で質問された。 先生までその質問ですか? 万が一、またあんなことがあったとしても、絶対制服でいようと心に誓った。 『ジャージは日本の高校生の中で今一番ホットなファッションだからです!』と、先生に英語で答え、もう誰にも同じ質問をされないよう、オレは急いで屋敷に帰った。

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