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能ある鷹⑥

教室に入ってからも、ショックを引きずってた。 あの二人、B組だしなって、ちょっと……下に見てたとこがあったんだ。 それが……天戸井は一位だし、塩紅くんもオレより全然成績がいいなんて……。 塩紅くんは医者の息子で、将来医者になるつもりみたいだって、あげはが言ってた。もしかして塩紅くんも、東都大の医学部狙い、だったりして。 塩紅くん、きっと小さいうちから医者を目指して、勉強してきてるんだろうな。 オレも、おかしな習い事だの遊んでばっかりいないで、もっとちゃんと勉強しておくべきだった!今更言っても遅いけど……。 オレがみんなより出来る!って言えるのって、家事力と、何か国語か話せる……ってことくらい? それもちゃんと話せるかって言ったら、英語以外はどれも小学生レベルな気がするし。 もしかしたら天戸井とか、もっとたくさんの言葉をちゃんと話せるかもしれない。 何者なんだよ!天戸井! ……やっぱり皇が二時間も天戸井のお守り探してたのって……天戸井が気に入ったからなんじゃ……。 オレ……高遠先生の授業、もっと増やしてもらおうかな。 生徒会の仕事も、あとは学祭と引き継ぎで終わりだし。 東都大の医学部に入るってことより、この学校で順位を上げるほうが難しいんじゃないの?何なの、この学校! っていうより、何なの?皇の嫁候補! そういや梅ちゃんも、二年の中では十位以内に入ってるって、言ってなかった?ってことは、オレが一番アホってことじゃん!うう……。 ちらりとふっきーのほうを見ると、皇と何かを話しているようだった。 ……楽しそう。 ふっきーは、成績が一番じゃなくなったの、ショックじゃないのかな? さっきも楽しそうだったし……。 オレはショックだよ!オレのほうが、天戸井と塩紅くんより成績いいと思ってたのに! 天戸井は愛嬌ないとか塩紅くんは言ってたけど、皇の前なら可愛く笑うかもしれないよ?あんな綺麗な顔でにっこりされたら、その破壊力とか、すごいんじゃないの?! それなのに頭もいいとか……。 塩紅くんだって、子犬みたいに可愛いのに成績もいいなんて……。 オレ、どうやって太刀打ちしたらいいわけ!?あああああっ! 外でするなんて、その候補のこと守る気ないじゃんっていう、塩紅くんの言葉が、ふいに頭に蘇った。 ふっきーにだって、キスしてたし……とか思ったけど、キスだったら一瞬だ。 ふっきー、それ以上のことは……。 あ!ふっきーが最初に、皇が学校でいかがわしいことなんかするはずないって言ってたんじゃん! ってことは……学校でキス以上のことはしてないって……こと、だよね? 塩紅くんだって、あんな風に言うってことは、皇と学校ではしてないってことでしょ? ……オレだけ?オレだけなの?え?天戸井は?めちゃくちゃ知りたい!でも、天戸井にそんなこと聞けるわけない! 「……」 これはもう、皇本人に聞くしか……。 オレのこと、本当は守る気なんかない、どうでもいい候補だと思ってるんじゃないの?……なんて、そんなこと、聞けるわけない。 またランチ当番が回って来た日、いつも通り零号温室に入ってすぐ、皇に『他の人とも、学校で、したこと、ある?』と、聞いてしまった。 本人に聞けるわけないなんて思ってたけど!だって!あれからずっと悶々としてて……。 オレはお前にとって、どうでもいい候補なの?とは、聞けないけど、他の人とも学校でしてるかどうかわかれば、ちょっとは安心かな、とか、思ったから。 皇は、オレを見て顔をしかめた。 「何をだ?」 わかるだろうが! 「ここで……オレとしたみたいな、こと」 「……それを聞いてどう致す?」 「どうって……」 ただ安心したいだけだよ! オレのこと、渋々選んだんじゃないのは、わかってる。だけど……選んではみたものの、襲われてもいい候補だとか、思ってたり、しない、よね? 大事にされてるのは、わかってる。わかってるけど……他の人たちの、ちょっとした言葉で、不安になる。 「外で……そういうこと……オレと……だから、他の人とは、どうなのかなって……」 「またその話か。ここは安全だと言うたであろう?」 「ここは安全でも!階段下の倉庫でもしたし!パリでもしたじゃん!」 「階段下のあの狭い物置に何の危険がある?パリは神猛がセキュリティ万全と認めたアパートメントの中だ。何を案じておるか知らぬが、余にぬかりはない。危険が及ぶやもしれぬ場所で、そなたを求めるようなことはせぬ」 「……ホントに?」 「余は……そなたを守ると言うたはず。そなたを危険に晒すような真似はせぬ。余の言葉が信じられぬなら拒め。余は二度とそなたを傷付けぬと己に誓った。そなたが拒めば、それ以上、求めぬ」 皇は、持っていたお弁当を置いて、オレにキスをした。 舌が唇を割って、口の中に入ろうとする。 「っ!」 ……信じてるよ。 塩紅くんの言葉より、皇の言葉を信じてる。 信じたいし。 でもオレ……塩紅くんの話を聞いて、お前にとって、オレはどうでもいい候補なんじゃないかって、怖くなって……確かめたかったんだ。 オレを守るって言ってくれた、お前の言葉を、信じる。 ふっと力を抜いた唇を割って、皇の舌が、上顎を撫でた。

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