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うつるんデス①
6月9日 晴れ
今日は、プール特訓初日です。
神猛学院は、6月に入るとすぐにプール開きがある。って言っても、屋内プールなんだけど……。
プール開きと共に、三年生は泳ぎのテストがあって、不合格の場合、一週間プール特訓をして、再試験を受けないといけなくなる。
オレは泳ぎが苦手だけど、そのプールテストに合格出来ないほど泳げないってわけじゃない!
はずなのに、何で不合格だったかって言えば……。
「何だ、それは!全身覆う水着にするよう、梓の十位に言うたはず!」
更衣室で、普通の男子用スクール水着に着替えたオレを見下ろしながら、腕を組んで怒っているこいつのせいだ。
「あれ脱ぐの大変なんだよ!男なんだからこれでいいだろ!っつか、何でお前までテストに落ちてんだよ!」
プールテストのあった先週の金曜日は、オレのランチ当番の日だった。
午後からプールテストがあるっていうのに、こいつときたら、いつもの零号温室で容赦なくオレに……あんなことを……。
そんなこんなで、オレは上手く泳げず不合格になり、体調不良を理由にテストを受けなかった皇も不合格になった。
クラスでプールテストに不合格だったのは、オレと皇の二人だけだ。
「体調が悪かったのだ。仕方あるまい」
「嘘つけ!テスト前めちゃくちゃ元気だったろうが!」
散々あんなことしておいて!何が体調不良だよ!
「文句を申しておる場合か?遅れるぞ」
「うわあ!」
プール特訓開始まで、あと五分しかないじゃん!
オレは皇と一緒に、急いでプールサイドに向かった。
「うん、鎧鏡は何の問題もないな。お前への特訓内容は、柴牧の泳ぎを完璧にして、再試に合格させるってことにしよう!」
先に皇の泳ぎを見た先生が、プールから上がった皇にそう言った。
「ええっ?!」
「実はな、ここだけの話、吹立の件でバタバタしてて、まだ期末テストの問題を作っていないんだよ。まさかプール特訓が入るとは思っていなかったしなぁ。お前ら勝手にやっといてくれや」
「はあ?!」
「鎧鏡がいれば大丈夫だ!よし!柴牧!しっかり教われよ!」
先生は颯爽と笑い去った。
先生ーっ?!っていうか、ふっきーの件って……。
「ふっきーの件って、あのなんちゃらオリンピックのこと?」
「世界情報処理技術オリンピックだ」
先週の朝礼で、ふっきーがその情報なんちゃらオリンピックの日本代表に正式に選ばれて、世界大会に出場することになったと、校長先生から発表された。
そのなんちゃらオリンピックっていうのは、高校生までの未成年が出場出来る、プログラミング能力を競うための大層権威ある大会らしい。
ふっきーは去年のうちに、日本代表の予選を勝ち抜いて、春休みに合宿をして、先週、正式に日本代表に選ばれたんだそうだ。
そんなことになってるなんて、ちっとも知らなかった。
皇が、ふっきーはいつもパソコンをいじってるって言ってたけど、その大会のためだったんだ。
ふっきーに、全然知らなかったって言ったら、正式に決まるまでは隠しておきたかったんだと笑っていた。
「ふっきー、すごいなぁ」
「人の感心より、自身の心配を致せ」
「……はぁい」
皇は、まず25メートルを好きなように泳いでみろと言って、向こう側に歩いて行ってしまった。
っつかね?お前がおかしなことをしなければ、オレだって絶対合格してたんですよ!
人のことより自分の心配しろっていうけど、自分のプールテストは心配するほどじゃないんですよーだ!
それより……。
「どう致した?」
泳ぎ始めないオレに、向こう側の皇がそう声を掛けた。
ふっきーのなんちゃらオリンピック出場が発表された朝礼は、例のごとくオレたち生徒会役員は、先生たちと一緒に前のほうに並んでいて、整列している生徒の顔が良く見えていた。
だから、ふっきーが校長先生に呼ばれて壇上に上がった時、天戸井がものすごい苦々しい顔をしたのも、オレにはよく見えてしまって……。
中間テストの結果発表の時、天戸井、結構ふっきーに絡んでたし、ふっきー、大丈夫かな。
オレが心配することじゃないかもしれないけど、天戸井のあんな顔を見ちゃったらふっきーが心配で……。
天戸井がどんな奴か、よくわかんないけどさ。
「ううん……」
オレ、何の心配をしてるんだろ?
天戸井はいけすかない奴だなって思うけど……よく知りもしないで警戒するのは良くない、よな。
ふっきーの言葉を借りれば、天戸井も鎧鏡一門の同志なんだし。
「早う参れ」
「……ん」
よし!それはとりあえず置いておいて、まずはプールテストの再試に受からないとね!
無駄に色々触ってくる皇のセクハラまがいの指導のせいか、オレはあっという間にクロールが上手に泳げるようになった。
明日は平泳ぎの特訓をしてやろうと言って口の端を上げた皇を見て、明日から水着は、全身を覆うタイプにしようと心に強く誓って、今日のプール特訓は終了した。
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