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うつるんデス④
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「何だ?その水着は?」
全身を覆うタイプの水着を着て更衣室の個室から出ると、皇がオレを見て顔をしかめた。
「お前がうちのとおみさんに指定した水着だろ」
眉を顰めた皇は『昨日のままで良かったものを』と、ぶつくさ言いながら更衣室を出て、準備運動を始めた。
お前が何と言おうが脱ぎづらかろうが、もう絶対こっちの水着で通すから!
お前にはいやらしい気持ちが微塵もないお触りだとしても、素肌をペタペタ触られたらオレは……。
とにかく!昨日だってギリギリのところで平常心を保ってたんだっつーの!
水着で勃たせたりしたら、即アウトでしょ!昨日、泳ぎうんぬんより、そっちのほうに気を使ってたオレの身にもなれ!
お前に触られたら……だって……どこ触られても、オレ……。
「わあああああっ!」
もう!変な想像で反応しそうになったじゃん!いかーん!もう!ホントヤバい!何これ?!何の修行なの?!プール特訓が終わる頃にはオレ、絶対何か悟ってる!
「何を騒いでおる?」
涼しい顔の皇が、腕をコキコキ鳴らして、水泳帽とゴーグルをつけた。
う……スクール水着に水泳帽とゴーグルなのに、なんでそんな決まるんだよ。
こいつなら、ブーメランパンツでもふんどしでも、さらーっと着こなすんだ、きっと。
「そなたも体を動かしてから入って参れ」
皇はそう言って静かにプールに飛び込んだ。
あっという間に25メートルを泳ぎきった皇を、オレはただぼーっと見つめていた。
「もう良いのか?」
「あっ!う!うん!」
お前に見惚れてて、ぼーっとしてたとは言えず、準備運動もそこそこにプールに入ると、皇がすぐにオレのところまで泳いできた。
皇は帽子とゴーグルを外すと『プールサイドに手をついて、平泳ぎの足の動きだけしてみせろ』と、腕を組んでオレを見下ろした。
皇の言う通り、プールサイドを掴んで、平泳ぎの足の動きをすると、皇は『開きが甘い!』と、オレの内腿を押さえて、さらに足を開かせた。
「ぎゃああっ!」
「あ?痛かったか?準備運動をきちんとしておらぬのであろう?」
「ちが……ちょっ……」
確かに準備運動はしてないけど、そうじゃなくて!そんなとこ触られたら、ヤバイんだってば!
「そなた、いつもは余がどれだけ開かせようが、痛いなどと申さぬであろうが」
どれだけ開かせようが?
……。
……。
「なっ!んの話してんだよ!バカ!バカ!」
皇に足を開かれるのなんて……いやらしいことをする時くらいしかないじゃんかー!バカーっ!恥ずっ!
「しっかりやらねば終わらぬぞ?無理にせぬゆえ、そなたの出来る限り足を開いて、爪先までまっすぐ伸ばしてみよ」
「……ん」
そのあと皇は、無駄にオレの足の裏を触りながら『相変わらず柔い足の裏をしおって』とか言いつつ、平泳ぎを教えてくれた。
こいつ、足の裏フェチなんじゃないの?
まあでも、足の裏ならまだ大丈夫。さっきみたいに内腿とか触られたら絶対ヤバいけど!
反抗すると、また無理矢理押さえられそうだからと、皇の教えに忠実に泳いでいるうちに、平泳ぎも前より進みが速くなった。
「ねぇ、オレ……泳ぎの才能あったんじゃん?」
「あ?余の指導の賜物だ」
「……はいはい。アリガトウゴザイマスー」
今日のタイム目標を達成したところで、二人でプールから上がった。
帰り仕度を済ませて外に出ると、オレの迎えの車しか来ていない。
「あれ?皇の車は?」
「あ?聞いておらぬのか?今日はこのままそなたのもとに渡る」
「えっ?!」
聞いてないよ!いちいさん!
……って、まあ、別にオレは、何の準備もないけどさ。
皇がいつ渡ってきたって、学校で突然始まるよりは、全然精神的にも、余裕……だし?
「あ?不服か?」
「べっ……つに。え?一緒に乗って行くの?」
「同じ場所に帰るのだ。わざわざ二台に分かれることもなかろう」
「そっか」
うわ……ちょっ……何か、嬉しい。
鎧鏡家のことは内緒だから、皇と一緒に登下校なんて、今までなかったよね?!
あ、皇が迎えに来てくれたことはあったけど……こんな風に一緒に学校を出るとか……何か、新鮮。
「ねぇ、皇」
「ん?」
「ちょっとだけ、歩いて帰ったら駄目かな?」
「あ?」
歩いて下校とか、そういう、ふ、つーのことを、皇と一緒にしてみたかった。
「危ないかな?」
「そなたに何かあれば、余が守ると言うたであろう」
「じゃあ、歩いて帰ってもいい?」
「……曲輪までか?」
「曲輪まで歩いたらどれくらいかかるかな?」
「一時間はかかるまい」
「えー?お前の足でなら、だろ?」
「そなたの足でも、だ」
「うっわー、何かその言い方、ムカつく!」
「……並木道を抜けるまでで良いか?」
「うん!」
運転手さんに謝って、皇と二人、トウカエデの並木道を歩き出した。
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