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うつるんデス⑤
こうやって、学校の周りを歩くの、初めてかも。いつも車で学校の中まで入っちゃうから。
「ここ歩くの初めてだ、オレ」
昼間、雲が多かった空は、すでに暗くなり始めていた。
「前を見ておらぬと転ぶぞ」
オレの手を取ろうとした皇の手を『大丈夫だよ』と言って、振り払った。
暗くなり始めてるとはいえ、学校がすぐそこに見えているこんなところで手を繋ぐのは……人目とか、気になるし。
皇は特に文句も言わず『気をつけよ』と、歩き出した。
「パリみたい」
皇と並んで歩いていると、修学旅行を思い出す。
「ああ。そなた、自転車を買ってはおらぬであろうな?」
「買ってないよ。誕生日にプレゼントしてくれるんだろ」
「誰にも贈らせるでないぞ。ようやく見つけた、そなたが誠に喜ぶ物ゆえ、誰にも横取りさせるでない」
「どんだけわがままキャラだよ、オレ」
「真のことであろうが。去年もそなたに何を贈るか考えあぐね、当日まで決められなかったほどだ」
去年の誕生日、皇にもらった冷蔵庫は、オレだけじゃなく、うちの使用人さんたちにも大事にされている。
「あ!」
「ん?」
「自転車すっごく欲しいけど、また冷蔵庫の時みたいに、オレだけ冷遇されてる、とか言われない?」
「ああ……」
考えたような仕草をした皇が『サイクリングコースを共に贈るか。それで補填すれば良かろう』と、笑った。
自転車の補填にサイクリングコースっておかしいだろ!
いや、こいつ、こたつのために和室建てるようなヤツだった。
「他の候補様たちにすごいもん贈るから、そんなことになるんじゃん」
「余とてこのようになるとは思わずにおった。あれは珠姫の陰謀だ」
「は?」
皇の話によると、候補様たちにケーキ以外の物を贈るようになったのは、梅ちゃんが始まりだったという。
梅ちゃんが奥方様に選ばれるだろうと思わせておくには、梅ちゃんに高価なプレゼントをしたほうがいいなんていう、珠姫ちゃんの入れ知恵があったらしい。
『そのような理由であったが、ただ単に珠姫の欲しい物を梅経由でねだられただけだと、つい先日わかった』と、皇が笑った。
そんな裏があったなんて……。
でも皇、そんなこと言ってるけど、嬉しそう。皇ってシスコンっぽいから、逆に喜んでるのかも。
「二人と一緒に行った買い物、楽しかった」
「ああ。また奴らのだしに使われる時はそなたも共に参れ」
「うん」
ふっと笑った皇が空を見上げて『だいぶ暗くなって参ったな』と、呟いた。
確かに、歩き始めた時より、あたりはだいぶ暗くなった気がする。
「……」
さっき、人目が気になるからと払ってしまった皇の手を掴んだ。
「ん?」
皇とこんなふうに、隣に並んで歩けるのなんて、もしかしたらもう……ないかもしれない。
急に、そんな風に思ったから……。
「暗くなってきたから……お前が、転ばないように」
そう言うと皇は『そなたに守られるのも良いものだ』と、鼻で笑って、オレの手をぎゅっと握った。
自転車と一緒にサイクリングコースをくれるなんて言ったのは、他の候補様たちとの兼ね合いがあるから……なんだよね。
そう思ったら、オレは皇の何人もいる嫁候補のうちの一人なんだなぁなんて、改めて思っちゃって……。
そしたら、せっかく二人で歩いてるのに、人目とか気にしてないで手ぐらい繋いでおかないと!とか、思ったんだ。
自分から手を繋いだことに恥ずかしくなって下を向くと、小さくパチンっというような音がして、ふと顔を上げた。
その瞬間、並木道の街灯が、いっぺんに点灯した。
「うわあ!見た?!」
「……ああ」
「何、笑ってんだよ?」
「いや。ささいなことで、はしゃいでおるゆえ」
「……ささいなことじゃないし」
「ん?」
今、ここに皇と一緒にいること自体、オレにはささいなことじゃない。
もしかしたらお前……オレの手の届かない人に、なっちゃうかも、しれないのに……。
「どう致した?」
「……ううん」
お前がオレを選ばない日が来るかもしれないと思うと……無性に、怖い。
皇が急に立ち止まって、オレをぎゅっと胸に抱きしめた。
「皇?」
「そなたが……消え入りそうな気がした」
「……」
オレが消えたら、イヤだと思ってくれたの?でも、それって、嫁候補がいなくなると、困るから?
大事にされてるのはわかってる。
でも、大事にされる理由がわからない。
あっという間に暗くなった並木道で、皇にしがみついた。
オレを抱きしめる皇の腕の力は、逃げられないくらい強くて……それだけ皇はオレのこと、好きなんじゃないかって、思いたくなる。
だけど……。
皇が他の人を抱きしめる腕の強さを、オレは、知らないから……。
「若様」
「うわ!」
急に現れた誓様が、目の前で膝をついた。
「……雨花、ここまでだ」
「あ……うん」
誓様が急に出てきたってことは、これ以上は、歩いていたら危険って、ことなのかもしれない。
まだ学校脇の並木道を抜けきらないうちに、オレたちは車に乗り込んだ。
二人で歩いて帰るっていう、そんな普通のことほど、ままならない。
それでもオレ……お前の隣を、歩いていたいよ。
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