297 / 584
うつるんです⑥
6月13日 晴れ
今日は、泳ぎの再テストであり、ランチ当番の日です。
ランチ当番でプールテストとか、嫌な記憶が蘇る。
今日は絶対に絶対にぜーったいに、しないから!破廉恥極まりないことは、絶対絶対しないから!
そうじゃなくたって、この前皇が渡った日、何か、色々と悶々としてたからか、結構激しく……その……あああああ!もう!オレ本当にヤバイ!何か……ヤバイ。どんどんオレ、おかしくなってる気がする!
いや!再テストは絶対に合格しないと!だって不合格だと、B組になるって噂を聞いたし。本当かどうかはわからないけど……。
不合格は絶対にイヤだけど、もしお昼ごはんを食べてて、万が一皇に迫られたら……止められる、気がしない。
でも止められなかったら、合格がヤバイ!
そうだ!お昼、ふっきーを誘って……いや、ふっきーは忙しいから駄目だ!
じゃあ、梅ちゃんは?!さすがに梅ちゃんがいる前で、いやらしいことは出来ないだろう!よし!梅ちゃんをランチに誘うぞ!
と、思って梅ちゃんのところに行くと、運動部総括のなんやかやがあって、昼休みまで忙しいと断られてしまった。梅ちゃーん!
どうしようと思っているうちに昼休みになり、皇はまた当たり前のようにオレのロッカーを開けてお弁当を取ると、オレの手首を掴んで廊下に連れ出した。
「皇!」
これはハッキリ言わねばヤバい!
「あ?」
「今日は、零号温室じゃないとこで……」
皇にヤル気があるかどうかもわからないのに『今日はしないで』なんて、そんなこと言えるはずがない。
たいがい涼しい顔をしてる皇は、涼しい顔のまま、急にそんなことになったりするので、予想がつかない。
今だって、この顔だけで判断したら、絶対そんなことしそうにないけど!
……いや!こいつ、本当に顔だけじゃわかんないから!
そんなことを言わないで、破廉恥なことをされるのを回避するには、零号温室に行かなきゃいいんじゃないの?!と、即座に閃いた自分を褒めてやりたい!
中庭とかなら、そんなことしようがないもんね!オレ、天才!
「……そうか」
あっさり了承した皇は、オレの手を引いて、生徒会室直通エレベーターに乗った。
「ちょおおお!だから!温室じゃないとこで……」
「温室ではない」
「へ?」
皇は、生徒会室のある五階のボタンを押した。
五階で降りて、生徒会室棟の廊下をどんどん奥に進んで行く。
「え?ここ、知ってるの?」
皇が入ったのは、一番奥にある、何に使うのかわからない普通の部屋だ。
前にここでふっきーに泣きついた記憶が蘇って、ちょっと恥ずかしくなった。
「ここは鎧鏡家専用の部屋だ」
皇はそう言って、ポケットから黒いキーケースを取り出した。
「ここの鍵だ」
「えっ?!ここ鍵ついてたの?だって普通に入れたよ?」
「ここの鍵は、内側からのみ掛けられる」
え?何それ?意味わかんない。内側からだけ鍵が掛けられるって、用途がわかんないよ!用途が!
でも待って!これじゃ温室を避けた意味ないじゃん!
鍵のかかる場所じゃ、皇に……迫られる可能性がある!
っていうか、なんならこの部屋じゃ、あの温室より、やります的雰囲気満載じゃん!
いかん!もうこうなったら、皇がどう思ってるかとか、関係ない!合格をもぎ取るために、はっきり言っておかなきゃ!
「皇!」
「ん?」
「今日、再テストじゃん!プールの!」
「あ?ああ」
「絶対!合格したいんだよ!オレは!お前だってオレが合格しないと駄目だろ?」
「ああ。合格するであろう?どの泳法も、全て余が完璧に仕上げてやったではないか」
「うん。そう。そうなんだけど!それは感謝してるんだけど……っていうか!この前のテストだって、お前に……テスト前にあんなことされなきゃ……合格してたんだよ!」
「あ?」
「だから、今日は……」
しないでよ?と言うのを躊躇うと、皇がふっと鼻で笑った。
あ、これは、オレが言いたいことがわかったって笑いだ。
「それで温室に行かぬと申したか」
「べっ!別に、温室イコールそういうことをする、とか……思ってるわけじゃないけどっ!」
いや、思ってるから、違う場所でって言ったんだけど。
「そなたの追試の邪魔はせぬ。ゆるりと食せ」
「……ん」
皇がゴロリとベッドに横になった。
「え?ご飯は?」
「ん?ああ」
ベッドから起き上がって座った皇は、どこか気怠そうに見えた。
「……大丈夫?」
「あ?何がだ?」
そう言った皇が、お弁当を食べ始めた。
今は前程忙しくないって言ってたけど、寝不足、なのかな?
今もオレは、皇が普段、どんな風に過ごしているのかよく知らない。
それから、二人で色んな話をしながらお弁当を食べた。
そういえば、いやらしいことをされないランチ当番って、初めてなんじゃないの?
ふっきーの、なんちゃらオリンピックのこととか、この前あった雨乞い祭りのこととか、来週は塩紅くんの誕生日だとか、もうすぐ期末テストになっちゃうとか、藍田がバイトをしているとか、そんな普通の話をした。
夏休みの話になった時、またモナコに行くんだよね?と聞くと『そなたの誕生日には必ず戻って参る』と、キスされた。
『今年のケーキには、割れぬプレートを付けてやろう』と笑うから、『今年は食べるつもりだったのに』と言うと、『ではチョコレートのプレートにしてやる。食えるものなら食うが良い』と、笑われた。
「食べるよ!」
「今年は何と刻んでくれようか」
皇がまたふっと笑った。
今年はプレートまで食べる!なんて言ったけど、プレートに皇からのメッセージが書いてあるならオレ、今年もやっぱり、食べられないかも。
ともだちにシェアしよう!