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うつるんデス⑧
ガクガクと足を震わせたままのオレを抱き上げて、皇はシャワー室に入った。
オレの体を洗って、バフバフとタオルで拭くと、ロッカーから勝手にオレの着替えを出して来た。
「そなたは誠、手が焼ける」
「自分で出来るのに、お前が勝手にしてるんじゃん」
皇から取り上げた服に着替えようと、座っていたベンチから立ち上がると、足に力が入らず、よろけてしまった。
「うわっ!」
「誰が自分で出来るだと?」
「……お前のせいじゃん」
皇に支えられながら、またベンチに座らされた。
恥ずかしくてぷいっと顔を背けると、皇は『足を貸せ』と、つま先を引っ張った。
「ちょっ……大丈夫だよ!」
足を引っ込めようとすると『じっとしておれ』と、つま先にキスされた。
「っ?!」
なっ……に、してんのーっ!
ビックリして固まっている間に、皇に、パンツとズボンを履かされた。
「そなたは、余が何も出来ぬようなことを申すが、余とてこれくらいはしてやれる」
普通の日常生活が一人じゃ出来ない……とは、言ったと思うけど、何にも出来ないとは言ってないのに。
だってまた皇、髪、濡れたままだし。
プール特訓の間、皇がちゃんと髪を乾かしてから帰った日はなかった気がする。
皇は得意気に、オレにシャツを着せ始めた。
ゆっくりやれば自分で出来るのに……と思ったけど、強く否定も出来ないまま、結局全部皇に着せられてしまった。
何か、皇に甘えてるみたいで……恥ずっ!
でも、皇が嬉しそうに着せてるから、止められなかったんだもん。
「ありがと……」
「不満そうに礼を申すな」
口を尖らせたオレにキスをして、皇はポンッとオレの頭を撫でた。
オレが普通に歩けるようになってから更衣室を出て、皇と別の車で屋敷に戻った。
「おかえりなさいませ、雨花様」
いつものように玄関で出迎えてくれたいちいさんが、部屋に入ってすぐ、手紙を一通差し出した。
「どなたからですか?」
「晴れの方様からです」
塩紅くんから?
その場で封筒を開けて手紙を読むと『誕生日祝いのやり取りは、全て辞退させていただきます』と、書かれていた。
「え……」
塩紅くんの誕生日は、6月19日と聞いている。
来週の木曜日だ。
まだプレゼントは用意してなかったけど、明日か明後日には決めるつもりでいた。
誕生日祝いのやり取りを全て辞退って……どういうことだろう?
「どうなさいましたか?」
「あ……誕生日祝いのやり取りは、全て辞退なさると……」
「そうですか」
いちいさんはあっけらかんとしている。
びっくりすることじゃないんだ?
「やり取りを全て辞退って、どういうことでしょうか?」
「誕生日の祝い合いはしないということかと存じます。プレゼントの贈り合いや、お祝いの会の行き来もしませんということでしょう」
「そう……ですか」
こんな風に、先にいらないって言われたの、初めてだ。
候補様の誕生日には、全員にプレゼントを貰ったし、贈って来たんだけど……。
「そういったことがお嫌いなお方なのでしょう。雨花様がお気になさることはありませんよ」
「あ……はい」
確かにね。女の子じゃあるまいし。
ここに来るまでオレだって、そうそう誕生日を祝ってもらうなんてなかったし、そんなの気にもしなかった。
自分が母様にお礼を言えれば、それで良かったはずなのに。
何だかすっかり、ここのやり方に慣れちゃってたっていうか……。
「雨花様、泳ぎの試験はいかがでしたでしょうか?」
「あ……はい!ほぼパーフェクトで合格をいただけました」
「おめでとうございます。若様直々のご指南で、不合格はなさらないと思い、すでに祝い膳を用意しておりました」
「うわっ!ありがとうございます!」
「あ……」
「え?」
いちいさんはオレを見て、少し驚いた顔をした。
え?何だろう?
「あ、いえ。お着替えが終わりましたら、夕餉になさいますか?」
「あ、えっと。はい、そうします」
「かしこまりました」
いちいさんがにっこりしながら部屋を出て行ったあと、制服を脱ぎ始めてすぐ、いちいさんが驚いた顔をした理由がわかった。
シャツのボタンが、一つずつずれて留めてある。
「うわっ」
全然気づかなかった!
このボタンの状態を見ただけで、皇がオレの着替えをしたことや、更衣室でされたことまで、いちいさんにはわかってしまったような気がして、猛烈に恥ずかしくなった。
いや、絶対そんなことまでわからないとは思うけど!
……でもなんとなく、いちいさん、嬉しそうな顔してた。
いや!絶対そんなのわからないと思うけどー!
「恥ずっ!」
ボタン一個ズレてたら、普通は最悪、最後のところで気付くじゃん!もー!
これくらいしてやれる、とか、カッコいいこと言ってたけど!オレの中で皇は、普通のことほど出来ないヤツってことで、もう完全に確定したからねっ!
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