299 / 584

うつるんデス⑧

ガクガクと足を震わせたままのオレを抱き上げて、皇はシャワー室に入った。 オレの体を洗って、バフバフとタオルで拭くと、ロッカーから勝手にオレの着替えを出して来た。 「そなたは誠、手が焼ける」 「自分で出来るのに、お前が勝手にしてるんじゃん」 皇から取り上げた服に着替えようと、座っていたベンチから立ち上がると、足に力が入らず、よろけてしまった。 「うわっ!」 「誰が自分で出来るだと?」 「……お前のせいじゃん」 皇に支えられながら、またベンチに座らされた。 恥ずかしくてぷいっと顔を背けると、皇は『足を貸せ』と、つま先を引っ張った。 「ちょっ……大丈夫だよ!」 足を引っ込めようとすると『じっとしておれ』と、つま先にキスされた。 「っ?!」 なっ……に、してんのーっ! ビックリして固まっている間に、皇に、パンツとズボンを履かされた。 「そなたは、余が何も出来ぬようなことを申すが、余とてこれくらいはしてやれる」 普通の日常生活が一人じゃ出来ない……とは、言ったと思うけど、何にも出来ないとは言ってないのに。 だってまた皇、髪、濡れたままだし。 プール特訓の間、皇がちゃんと髪を乾かしてから帰った日はなかった気がする。 皇は得意気に、オレにシャツを着せ始めた。 ゆっくりやれば自分で出来るのに……と思ったけど、強く否定も出来ないまま、結局全部皇に着せられてしまった。 何か、皇に甘えてるみたいで……恥ずっ! でも、皇が嬉しそうに着せてるから、止められなかったんだもん。 「ありがと……」 「不満そうに礼を申すな」 口を尖らせたオレにキスをして、皇はポンッとオレの頭を撫でた。 オレが普通に歩けるようになってから更衣室を出て、皇と別の車で屋敷に戻った。 「おかえりなさいませ、雨花様」 いつものように玄関で出迎えてくれたいちいさんが、部屋に入ってすぐ、手紙を一通差し出した。 「どなたからですか?」 「晴れの方様からです」 塩紅くんから? その場で封筒を開けて手紙を読むと『誕生日祝いのやり取りは、全て辞退させていただきます』と、書かれていた。 「え……」 塩紅くんの誕生日は、6月19日と聞いている。 来週の木曜日だ。 まだプレゼントは用意してなかったけど、明日か明後日には決めるつもりでいた。 誕生日祝いのやり取りを全て辞退って……どういうことだろう? 「どうなさいましたか?」 「あ……誕生日祝いのやり取りは、全て辞退なさると……」 「そうですか」 いちいさんはあっけらかんとしている。 びっくりすることじゃないんだ? 「やり取りを全て辞退って、どういうことでしょうか?」 「誕生日の祝い合いはしないということかと存じます。プレゼントの贈り合いや、お祝いの会の行き来もしませんということでしょう」 「そう……ですか」 こんな風に、先にいらないって言われたの、初めてだ。 候補様の誕生日には、全員にプレゼントを貰ったし、贈って来たんだけど……。 「そういったことがお嫌いなお方なのでしょう。雨花様がお気になさることはありませんよ」 「あ……はい」 確かにね。女の子じゃあるまいし。 ここに来るまでオレだって、そうそう誕生日を祝ってもらうなんてなかったし、そんなの気にもしなかった。 自分が母様にお礼を言えれば、それで良かったはずなのに。 何だかすっかり、ここのやり方に慣れちゃってたっていうか……。 「雨花様、泳ぎの試験はいかがでしたでしょうか?」 「あ……はい!ほぼパーフェクトで合格をいただけました」 「おめでとうございます。若様直々のご指南で、不合格はなさらないと思い、すでに祝い膳を用意しておりました」 「うわっ!ありがとうございます!」 「あ……」 「え?」 いちいさんはオレを見て、少し驚いた顔をした。 え?何だろう? 「あ、いえ。お着替えが終わりましたら、夕餉になさいますか?」 「あ、えっと。はい、そうします」 「かしこまりました」 いちいさんがにっこりしながら部屋を出て行ったあと、制服を脱ぎ始めてすぐ、いちいさんが驚いた顔をした理由がわかった。 シャツのボタンが、一つずつずれて留めてある。 「うわっ」 全然気づかなかった! このボタンの状態を見ただけで、皇がオレの着替えをしたことや、更衣室でされたことまで、いちいさんにはわかってしまったような気がして、猛烈に恥ずかしくなった。 いや、絶対そんなことまでわからないとは思うけど! ……でもなんとなく、いちいさん、嬉しそうな顔してた。 いや!絶対そんなのわからないと思うけどー! 「恥ずっ!」 ボタン一個ズレてたら、普通は最悪、最後のところで気付くじゃん!もー! これくらいしてやれる、とか、カッコいいこと言ってたけど!オレの中で皇は、普通のことほど出来ないヤツってことで、もう完全に確定したからねっ!

ともだちにシェアしよう!