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うつるんデス⑨

6月16日 雨 今日、皇が学校を休みました。 「鎧鏡は、風邪で休みだ」 「えっ?!」 静かな教室に、オレの驚きの声が響き渡った。 恥ずっ! 何でみんなびっくりしないの?あの皇が風邪だよ?風邪!皇が病気になってるとこなんて見たことない。 風邪で休みって、熱でも出したのかな? あ!プールのあと、髪を乾かさなかったからじゃないの? あ!この前のランチ当番の時も、何か、だるそうにしてた。 あれ、寝不足かと思ってたけど、もしかしてあの頃から具合悪かった、とか? それなのに、オレのプール特訓をしてくれてたから……悪化したんじゃ……。 どれだけ具合悪いんだろう?いちいさんに電話をして、誰かに確認してもらう?駒様に聞いたほうが早いかな?母様のほうがいい? 結局、ホームルームが終わってすぐいちいさんに電話を入れた。 母様は仕事中の可能性が高いし、駒様に今電話をしたら、怒られるだけな気がしたから。 二回目のコールで電話に出たいちいさんに、皇が学校を休んだと話すと、オレが頼む前に『若様の具合を確認してすぐ折り返し電話を致します』と言ってくれた。 いちいさーん! 五分もかからず電話をしてきてくれたいちいさんから、皇が39度以上の熱を出して寝込んでいると聞かされた。 驚いて、つい大きな声を上げると『ゆっくり寝ていれば治るから、心配しなくて大丈夫と伝えてと、御台様から雨花様への伝言を預かっております』と、言われて……。 いちいさん、母様に聞いてくれたんだ? そんな伝言を貰うとか、皇の心配をしているのが母様にバレバレじゃん!めちゃくちゃ恥ずかしい! でも……母様がそう言うなら、皇は大丈夫なんだよね?……良かった。 昼休み、塩紅くんがお弁当を持ってA組にやって来た。 「ちーくん、風邪で休みってホント?」 「本当」 オレの隣でふっきーがそう返事をした時『すーちゃんが風邪ってホント?』と言いながら、藍田が教室に入って来た。 「あ……」 藍田が塩紅くんを見て顔をしかめると、塩紅くんはにっこり笑って『座ったら?藍田衣織くん』と、オレの隣の席に座るよう、藍田に勧めた。 塩紅くんも藍田のこと、知ってるんだ? 二人が鉢合わせてるとこ、オレは初めて見たと思う。 何か、面倒臭そうな空気が漂っているような……。 塩紅くんが藍田をどう思っているかはわからないけど、藍田が塩紅くんをよく思っていないのは、知っている。 『安っぽい奴』とか『消す』とか言ってたくらいだもんね。 「一緒にお昼食べるの?」 藍田は塩紅くんを見ながら、オレにそう聞いてきた。 塩紅くんがどういうつもりかわからないから返事に困ると『みんなで五階で食べる?』と、ふっきーが席を立った。 ふっきー! 購買から戻ってきたかにちゃんに断って、ふっきー、塩紅くん、藍田と一緒に、本館五階の鎧鏡家専用?会議室に行くことにした。 「へー、ここが鎧鏡家の持ち部屋なんだ?」 藍田はキョロキョロしながらそう言うと、会議室の真ん中の椅子にオレを座らせ、隣に座り込んだ。 「藍田家も神猛の創設に関わったんだよね?藍田家の部屋もあるんじゃないの?」 塩紅くんの質問に、藍田は『かもね』と、気のない返事をした。 うわ……いやーな空気が、より一層重くなった気が……。 「あ!そう言えば、塩紅くん。誕生日プレゼント、いらないって……」 重い空気を変えようと、来週の塩紅くんの誕生日の話をふってみた。 「ああ、うん。そういうやり取り、面倒だし」 「そっか」 「雨花、誕生日いつ?」 藍田が体を乗り出して聞いてきた。 「八月八日」 「あれ?その頃、ちーくんモナコだよね?」 質問した藍田より先に、塩紅くんがそう聞いてきた。 「あ、うん」 「じゃあ、誕生日のお祝いはして貰えないんだ?」 「すめ、去年の雨花ちゃんの誕生日、モナコから帰って来てたよね?」 「あ……うん」 ふっきー、知ってたんだ? 「ええっ?わざわざ帰って来させたの?」 塩紅くんが、オレが無理矢理皇を帰って来させたみたいに言うから、ちょっとカチンときた。 「オレが帰って来てって言った訳じゃないよ?」 「へぇ。ちーくんが勝手に帰って来たって言いたいんだ?じゃあ、今年の誕生日は帰って来なくていいよって、先に言ってあげたら?わざわざ帰って来させるとか、かわいそうだと思わない?せっかくの家族水入らずの旅行なのに」 「……」 この前のランチ当番の日、皇は、今年のオレの誕生日も帰って来るって、言ってくれた。 オレは、モナコ旅行が、唯一家族水入らずになれる機会だなんて、考えてもなくて……。 皇がオレの誕生日に帰るって言ってくれたのが、ただ、嬉しくて……。それだけで……。

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