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うつるんデス⑫

「何してんの?!大丈夫なの?!」 そんなつらそうなのに……。 「案ずるな。そなたが、余にノートをとったと駒より聞いたゆえ、取りに参った」 「……」 ふっきーのノート、貰ったくせに、わざわざオレのノート、取りに来てくれたの?そんな息切らして……。 皇の腕の中で顔を上げると、皇の顔が近付いた。 「若様」 キスされる寸前で、いちいさんに声を掛けられた。 「うわあっ!」 いちいさんが、皇のすぐ後ろにいたなんて!全然見えてなかった! オレは急いで、皇の腕の中から飛びのいた。 「……何だ?」 皇、ものすごい不機嫌……。 「今、駒様よりご連絡がありました。こちらに若様がいらっしゃっているようであれば、すぐに戻して欲しいと……」 「えっ?」 また駒様に何も言わずに出て来たの?! 「すぐ戻る」 皇はそう言って、いちいさんを部屋から閉め出すと、ドアを閉めた。 「皇?」 すぐ、戻るんじゃないの? 「……すぐ戻る」 そう言って、皇はオレをそっと抱きしめた。 あったかい。いつもより、あったかい気がする。 駒様は、もう熱は下がったって言ってたけど、本当はまだ熱があるんじゃないの? 「まだ、辛いんじゃないの?本当に早く戻ったほうが……」 「わかっておる」 「すぐ、ノート持ってくるから」 ノートを取りに行こうとするのに、皇はオレを抱きしめたままで……。 「皇……?」 そんなんされたら、ノート取りに行けないじゃん。 オレだって、すごい会いたかったし、ずっとこうしていたいけど……。 「お前、本当にまだ寝てないと……」 そんなつらそうなお前のこと、引き留めていられない。 皇は、だるそうにオレの肩に頭を乗せた。 「……ごめんね」 皇が風邪をひいたの、オレのせいだ。 「ん?」 「オレの、泳ぎの特訓してくれてたせいだろ?お前が風邪ひいたの」 「あ?」 オレの顔を見た皇の額に手を置いた。 やっぱりまだ、少し熱が高めな気がする。 「……つらかった?熱」 「ああ。普段熱など出さぬゆえ」 こんなにやつれちゃってるんだから、つらかったに決まってる。 オレの特訓なんてしなかったら、風邪なんかひかなかったよね。 皇のやつれた顔を見てるのがつらい。 「雨花」 「……」 「顔を上げよ。余が風邪をひいたのはそなたのせいではない。余の不摂生が原因だ」 「でも……」 その時、部屋の扉を外からドンドンと叩かれた。 「若様!お戻りください!まだお体は本調子ではないはずですよ!」 駒様の声だ。 「駒様が……」 「ノートを取りに参っただけだ!すぐに戻る!」 皇は、扉の外に向かってそう大声を上げると、オレをもう一度胸に抱きしめて『戻る前に口付けて良いか』と、小さな声で聞いてきた。 胸が……ギュウって……苦しいよ。 扉の外では駒様が『まだですか!』と、叫んでいる。 オレは、皇の着物を握って、小さく頷いた。 「雨花……」 するりとオレの頬を撫でた皇の手は、やっぱりいつもよりあったかい。 何も聞かずに、キス、してくれたらいいのに。 改めて聞かれたら、ものすごい、緊張して……。 閉じたまぶたが、ふるふると痙攣した。 「雨花……」 もう一度オレの名を呼んで、皇の唇が、重なった。 「若様!明日は晴れ様の誕生日ですから!何としてでも体調をお戻しいただかねばと、申し上げたはずですよ!」 そうだ!明日は塩紅くんの誕生日じゃん! 「そうだよ!早く戻らないと……」 「……」 皇は、オレをまた胸に抱きしめて動かなくなった。 「早く、風邪治さないと。明日行けなかったら、塩紅くんを悲しませるよ?」 そう言って、皇の腕からすり抜けた。 「そなたはいつでも他人が優先なのだな」 「え?」 何? 「……戻る」 皇は、オレのノートを受け取ることなく、扉に向かった。 「……」 結局、要らないんじゃん、オレのノートなんて。 じゃあ……何のために、来たんだよ。 「若様!」 扉の外では、ひっきりなしに駒様が、皇を呼び続けていた。 扉の前で立ち止まった皇は、くるりと振り向いて、オレのところに戻って来た。 「皇?」 「……そなたにうつさぬよう、ただ……顔を見るだけと思うて参ったに……」 早く、皇を帰さないと。 でも……オレの顔を、見に来た? そんなこと言われたら……帰れって、言えない。 「顔を見れば、触れたいと思う」 皇の手が、オレの頬を包んだ。 「触れれば……離れがたく思う」 「……」 駒様が、扉を強行突破すると言うまで、皇と何度も唇を重ねた。 結局皇は、オレのノートは持たずに帰って行った。 本当に……オレに、会いに来ただけ、みたいじゃん。 「バカ……」

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