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駒楽誓晴詠楽梅晴雨①
6月19日 雨
今日は、塩紅くんの誕生日です。
朝起きて、普通に支度をして学校に向かった。
今日も皇は学校を休んだけど、今日休んだのは風邪だからじゃなくて、塩紅くんの誕生日を祝うためだと思う。
朝は何でもなかったのに、一時間目の授業を受けている途中で、急に寒気に襲われた。
えっ?何?と、思っているうちに、体の震えが止まらなくなった。
うわ……熱?と、思っていると、そんなオレに気付いた先生が、すぐに保健室に行きなさいと言ってくれて、サクラに付き添われて保健室に向かった。
「38度5分。お迎えはすぐ来てくれるかな?」
「はい」
いちいさんに電話をして、迎えに来てもらいたいと言うと、近くにいる運転手さんをすぐに回すと言ってくれた。
いつもとは違う運転手さんが、本当にすぐ来てくれて安心したのか、それまで普通に立っていられたのに、車に乗ってすぐ頭がフラフラしてきて、倒れ込むように座席に横になった。
「このまま三の丸に向かいます。もうしばらく頑張ってください、雨花様」
「……はぁ……はい……」
息も苦しくなってきて、車の中でハァハァ言いながら三の丸に着くと、三の丸の玄関で、いちいさんが待ってくれていた。
最初、母様ではない先生がオレの診察をしてくれていたんだけど、診てもらっている間に母様がやって来て、オレの診察をしてくれた。
「うん。大丈夫。風邪だね。薬を飲んでゆっくり寝ること」
「はぃ……」
「もしかして……千代、青葉のとこに行った?」
「あ……はい」
やっぱりこの風邪、皇のがうつったってことかな?
「やっぱりそうか。千代と同じ症状だものね。全くあの子は……」
母様が拳を握って、顔をしかめた。
「普段病気なんかしない千代がかかるくらい強力な風邪なんだから、うつさないように誰にも近寄るなって言っておいたのに……」
「……ごめんなさい」
風邪をひいたのは、皇が近寄ったからっていうか……キス、したせい、だよね。
キス……したのは……皇のせいっていうか……オレ、されるがまま、だったし。
皇は風邪をひいてるんだから止めなきゃ!なんて、思わなかったっていうか……むしろ、オレが自分から進んで、キス……した?っていうか……。
……進んで、した。
風邪がうつったのは、皇のせいってわけじゃ……いや、皇だって、そりゃ原因だとは思うけど……でも、ほとんどオレが原因なんだ。
風邪がうつるなんて、考えてなかった。
皇が来てくれたのが……嬉しくて……。
ホントオレ、どうして先のこととか考えずに、行動しちゃうんだろう。
皇が嬉しいことをしてくれちゃうと、嬉しいって気持ちばっかりになっちゃって……それから先のこととか、周りのこととか、全然考えられなくなっちゃうんだ。
誕生日に帰ってくるって言ってくれた時もそうだったし、昨日、顔を見に来たって言ってくれた時もそう。
嬉しくって、それだけで……。
そのせいで、みんなに心配かけて、迷惑かけて……ごめんなさい。
「違う、違う。青葉が謝ることじゃないよ。病気の時は心も弱っちゃうんだろうけど、何でも自分のせいにしないこと。今度千代に会ったら、お前のせいだって、怒ってやって。全く血の気が多くって……」
母様は大きくため息を吐いて『誰に似たの?食べ物のせいか?いや、鎧鏡の血が騒ぐのかな?もう……』と、もう一度ため息を吐いた。
皇、また母様に怒られちゃうかも……。
母様に怒られていた皇の無表情な顔が頭に浮かんだ。でもそのあとすぐに、昨日のものすごくやつれた皇の姿が頭に浮かんだ。
皇、熱を出してすごくつらかったって言ってた。同じように熱を出している今、皇のつらさがすごくわかる。
今日は塩紅くんをお祝いするために、学校を休んでるんだろうって思ってたけど、もしかしたらまだ皇、苦しんでたり、する?
「母様」
「ん?」
「皇は……もう、大丈夫、なんですか?」
「うん。朝はもう熱も下がってたからね」
「良かっ、たぁ……」
今頃、皇は桐の丸で、塩紅くんをお祝いしてるのかも。
「青葉……」
母様は、横になっているオレの頭を撫でて『ありがとね』って、ほんわか笑いかけてくれた。
何のお礼か、よくわからなかったけど。
このまま三の丸で寝ていたら?と言われたけど、シロに会いたくて、梓の丸に帰りますと返事をした。
そんな話を母様としていると、廊下がざわざわ騒がしくなった。
「何だろう?急患かな?」
母様が廊下を覗き込もうとドアを開けた途端、ぬっと大きな人影が病室に入って来た。
「うわっ!え?千代?」
母様に返事もせず、寝ているオレに近付いた着物姿の皇は、息を切らしながらオレをギュウっと抱きしめた。
皇……。
皇にしがみついた時、幸せな気持ちの奥に、塩紅くんの顔が浮かんだ。
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