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駒楽誓晴詠楽梅晴雨②
「しお、べにくん……は?」
皇から体を離そうにも、力が入らない。ハアハアと息を切らしながらそれだけを聞くと、皇は抱きしめる腕に力を入れた。
母様が『少し外すね』と、病室を出てしまうと、皇はオレを離して、ベッド脇の椅子に座った。
オレの顔を見ると眉を顰めて『つらいか?すまぬ』と、寝ているオレの頭を撫でた。
何、謝ってんだよ、バカ。
皇に頭を撫でられてると、気持ち良くて、眠くなる。すごいあったかくて、安心す。
頭が痛くてフラフラして、鼻は詰まって息苦しいし、さっきまですごい……不安だったのに。
ずっと、こうされていたくなる。
でも……早く塩紅くんのところに行ってって、言わなきゃ。
塩紅くんの誕生日なのに、オレのとこにいたら駄目だよ。
「塩紅くんの、とこに……行ってよ。オレ……大丈夫だし」
眠くて頭がぼんやりする。目を開けているのもだるくなって、目を閉じた。
「そなたの大丈夫なぞ、信じておらぬ」
皇の手は、オレの頭を撫でながら、時折熱を確かめるように額を覆った。
「ホン、ト……大丈夫、だから。行ってよ」
「黙れ」
腕にふわりと何かが当たった。なんだろう?と薄く目を開くと、皇がオレの腕に額を乗せていた。
「皇……」
項垂れるように、オレの腕に乗せている皇の頭を、そっと撫でた。
「そなたが逆の立場なら、具合の悪い者のもとへ行けと申すであろう?」
逆の立場なら?ああ、塩紅くんとってこと?
……言う、よ。言うと思う。
でも、駄目だよ。今日は塩紅くんの誕生日なんだよ?
「オレ……誕生日……お祝い、されるの……嬉しいって……ハア……わかったし」
この鎧鏡家に来るまでは、誕生日を祝ってもらうってことがほぼなかった。
柴牧家は、誕生日は産んでくれてありがとうって感謝する日だったし。
八月は学校が休み中ってことが多くって、おめでとうメールは貰ったけど、誕生日当日に、あんな風に、おめでとうって言ってもらって、お祝いしてもらったの、記憶の中じゃ初めてで……。
去年の誕生日はすごく……すごく幸せな、誕生日だった。
だから、誕生日をお祝いしてもらうのが、どれだけ嬉しくて幸せなことかって、わかったから。
ちょっと風邪をひいたくらいのオレが、塩紅くんからそんな幸せな日を奪うなんて……絶対出来ない。
「だから……早く、行ってよ。塩紅くん……お前のこと、待ってるよ」
皇は、オレの額に手を置いて、ため息を吐いた。
「熱い。そなたの熱が下がるまでおる」
そんなの、いつになるかわかんないじゃん。
「いいから……早く、行ってよ」
「……」
もしオレが皇だったら……具合が悪い人を目の前にして『じゃあ』なんて、さっさと出ては行けない、よね。
オレの額に置かれている、皇の手を払った。
「お前がいても……良くなるわけじゃ、ないし……むしろ……眠れない、から」
嘘ばっかり。
だって、こうでも言わなきゃ、お前……行けないじゃん、多分。
無表情で殿様だけど、お前が本当は、心配性かってくらい優しいの、知ってるから。
「そなたの気遣いは……余を落胆させる」
「え……」
皇は視線を落として、椅子から立ち上がった。
「そなたの望み通り……晴れのもとに参ろう」
皇は、オレを見ることなく、乱暴にドアを閉めて行ってしまった。
「……」
これが、オレの、望み通り?
……そうだよ。
なのに……振り返りもしなかった皇の背中とか、乱暴に閉められたドアの音とか『余を落胆させる』って言葉が、頭の中でぐるぐるしてる。
オレは、また皇を、怒らせたんだ。
自分から皇の手をふりほどいて、あんな言い方をして塩紅くんのところに送り出したくせに……オレが傷付くなんて、おかしいじゃん。
なのに……胸が痛くて……苦しい。
すぐに母様が入ってきて、オレの顔を見るなり『千代と何かあった?』と、オレの頬を撫でた。
首を横に振って、枕に顔を伏せた。泣きそうな顔……してたかも。
また母様に、心配かけちゃった。
「屋敷に、戻ります」
このまま、母様にそばについていてもらったら、オレ、泣きそうだし。
「やっぱり熱が下がるまでここにいたら?」
心配顔の母様に、部屋でシロと一緒に寝たいからと言って、屋敷に戻るのを許して貰った。
いちいさんと一緒に屋敷に戻ると、さんみさんとシロが、並んで玄関で待っていた。
「呼んだわけでもないのですが、先程からシロは、ここでじっと座っておりました」
ゆっくり起き上ったシロを抱きしめた。
「シロ……ありがと」
シロのあったかさは、皇の腕を思い出す。
皇……怒ってた。
心配してくれた皇に、あんな言い方したから、だよね?
お前に、いつ……謝れる?
ごめん……。
ごめんね、皇……。
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