306 / 584
駒楽誓晴詠楽梅晴雨③
✳✳✳✳✳✳✳
ふと目が覚めると、寝入る前、隣で寝ていたはずのシロの気配がなくなっていた。
いつの間にか、寝られたんだ、オレ。
シロ、ベッドで寝てるの、暑くなっちゃったのかな?床で、寝てる?
「シ、ロ……?」
目を閉じたままシロを呼んで寝返りを打つと、ふわりと独特な香りが鼻をついた。
え?……皇、の、香り?
……な、わけない。オレ、今、鼻詰まってるし。
見えない物が見えちゃうのは幻覚で、聞こえないものが聞こえちゃうのは、幻聴。じゃあ、香るはずのない香りを感じてしまうのは……なんていうんだろう?
皇の匂い……やっぱり、大好き、だな。
皇に、次いつ……会えるだろう。
会ったら、すぐに謝ろう。
すごい怒ってたから、しばらく、顔を合わせてくれなかったりする、かな?
でも……。
皇、すぐ怒るけど。
いつも……許してくれた。オレはどっかで、今回もそうだって、思ってる。皇はオレのこと、許してくれるって。
だから、今度会ったら謝ろうなんて……呑気なことを言っていられるんだ。『次』があるって、信じてるから。
信じてるけど……その『次』は、いつ来るんだろう。
皇の香りを感じてしまうくらい……皇に、会いたがってるんだ、オレ。
明日は、会えるかな?
オレが明日学校に行けたら、会える?かな?
……会いたい、よ。
「皇……」
「ん?」
「っ?!」
えっ?!
閉じていた目を咄嗟に開くと、オレンジ色のデスクライトに照らされた皇の顔が目に入った。
え……幻覚?オレ、熱、高かったし。
「起きたか?」
本、物?
「……皇?」
ホントに、本物?
触ろうと伸ばした手を、ギュッと握られた。
本物……だ。
「熱は……少し下がったか?」
オレの額に置かれた皇の手は、いつもと違ってひんやりと感じた。
「皇?」
「ん?」
本物、だよね?
額に置かれた手が、掛けられた声が、視線が……皇がもう怒っていないって、オレに教えてくれているように、優しい。
「塩紅、くんの、誕生日は?」
皇が怒っていないと安心すると、そっちが心配になった。
皇は着物姿で、ベッド脇に置かれた椅子に座って、オレの額に手を置いている。
お祝いには、行ったんだよね?
「……」
ベッド脇のチェストの上から、皇は無言でデジタル時計を掴むと、オレの目の前にぬっと差し出した。
時間は、1時を過ぎたところで、日付は6月20日に変わっていた。
「お祝い、もういいの?」
だって誕生日が過ぎたからって……今はまだ、塩紅くんが皇を独占してても、おかしくない時間じゃないの?
オレの誕生日にはお前、朝まで、いてくれたじゃん。
「そなたは、晴れのことばかり気遣うのだな」
「だって……オレは、ただの風邪なのに……。誕生日の塩紅くんのこと、優先、しなきゃ……」
駄目じゃん。
「そなたの風邪は、余が原因だ。余がそなたを案ずるのも、側についていてやりたいと思うのも……迷惑か?晴れへの気遣いは、余を遠ざけるための口実か?」
「ちが……。なんで……」
何で、そうなるんだよ。
自分の思いとは正反対のことを言う皇に、どう言っていいのか……言葉が浮かばない。
何も言えずに皇の袖を握ると、皇は小さく息を吐いて、オレの手を包んだ。
「そうではないのなら……もう余を遠ざけるようなことを申すでない。晴れのことについては、そなたではなく、余が気遣わねばならぬことだ」
言われてみれば、確かにそうか。
「そなたは、ただ早う良くなるよう、それだけ案じておれば良い」
「……ん」
ポンッと頭を撫でられて、素直に返事をすると、皇はもう一度オレの手を取った。
「そなたの快方の妨げにならぬなら……余を、そなたの傍らに置け」
皇……。
「……ごめん」
「ん?帰れということか?」
「違うよ……バカ」
「あ?」
「さっき……嘘、吐いたから」
お前がいると眠れないなんて……嘘、言ったから。
「ん?」
大きく息を吐いて目を閉じると『つらいか?』と、皇はまたオレの額に手を置いた。
「シロ、いる?背中……寒い」
「そなた、目の前の余よりシロを呼ぶのか?シロはおらぬ」
顔をしかめた皇は、オレの体をくるりと回して、背中を向けさせた。
「何?」
ギシリとベッドをしならせて、布団の中に潜り込んできた皇が、背中からオレをふわりと抱きしめた。
「……まだ寒いか?」
つむじに、柔らかい感触が当たった。
オレを包むように回された腕に手を置いて首を横に振ると、ぎゅうっと強く抱きしめられた。
「シロには、このようにそなたを包むことは出来ぬぞ?」
「……うん」
シロと張り合うようなことを言う皇が可笑しくて、吹き出した。
「ん?」
「ううん。……あったかい」
「そうか」
皇……。
ともだちにシェアしよう!