308 / 584
駒楽誓晴詠楽梅晴雨⑤
ノックの音で目が覚めた時には、外が薄らと明るくなっていた。
ものすごくよく眠れた気分で、頭がすっきりしていた。
「雨花様、若様はいらっしゃいますか?」
えっ?!駒様の、声?
咄嗟にベッドから体を起こすと、皇がオレの後ろで腕を伸ばした。
「え?……います」
時計を見ると、五時を過ぎたところだった。
若様はいらっしゃいますかって……皇、また駒様に何も言わずにここに来たの?
「入りますよ?」
「えっ……」
駒様がドアを開けるのと同時に、皇はオレをベッドに押し付けて布団を掛けた。
って……えっ?!何でお前、ほぼ裸なの?!
夕べはきっかり着物着てたじゃん!
ちょっ……また変な誤解を招くだろうが!だって夕べは、そんなこと、してないし!
「若様は、桐の丸に渡っていらっしゃるはずではなかったのですか」
駒様は部屋に入って来ると、ベッドにいる皇をじっと睨むように見下ろした。
皇、塩紅くんのところに渡って、本丸に戻らずに、ここに来てくれたってこと?
「雨花の風邪は余がうつしたものだ。様子を見に参るのは当然であろう」
「様子を見に?そのお姿で?」
駒様は、ほぼ裸の皇を見て顔をしかめた。
やっぱり誤解されてる!
「雨花が寒いと申すゆえ、余の体温を譲ってやったまでのこと。熱に浮かされる雨花に夜伽を命じるほど、余は鬼畜ではない」
「こちらで何をなさっていらっしゃったのかは問題ではございません。先程、お戻りの遅い若様を桐の丸にお迎えに参りました。いるはずの若様がいらっしゃらない場合、責任を問われるのは、直前までいた場所の責任者です。若様の軽はずみな行動で、桐の一位がいかほど自責の念にかられたとお思いですか」
皇を睨みつけた駒様の前に、急いでやって来たいちいさんが土下座をした。
「申し訳ございません!私の連絡ミスです!」
「梓の一位殿、下手に庇い立てをしては、若様のためになりませんよ」
「いいえ。若様がいらっしゃったのが遅い時間だったこともあり、若様がこちらにいらしていることは、駒様もご存知のことと思い込み、私が連絡を怠りました」
「あなたのおっしゃることが謝罪すべきことであるのなら、私がよく確認もせず桐の丸に迎えに参りましたのも、謝罪すべきことでしょう。若様、いかがお考えですか?」
「……全ては余が原因だ」
「おわかりであれば、もう言うことはございません。すぐに身支度を整え、本丸にお戻りください」
「わかった」
「雨花様も、すぐに御台様が診察にいらっしゃいます。身支度を整え、お待ちください」
「あ……はい」
駒様は『外で待ちます。五分と時間はございませんので、お早く身支度なさってください』と、いちいさんと一緒に、部屋を出て行った。
「大丈夫、かな?」
桐の一位さんのこととか……。
「悪いようにはせぬ」
皇は、いそいそと着物を着始めた。
「そなたも早う着るが良い」
「え?」
早う着るが良いって……オレはパジャマを着て……。
「どわあっ!」
布団の中の自分の姿にビックリした。
夕べしっかり着ていたはずのパジャマのボタンが全開になっている。
「なっ……何でっ!?」
「体を温めるには、素肌同士を触れ合わせるのが良いと聞いた」
「……」
どこで聞いたんだよ、そんな話。
裸であっため合うとか、漫画でももう見ないから!
でも今そんなことで議論してる場合じゃない!
オレは急いでパジャマのボタンを留めた。
オレのパジャマのボタンが全開だから、さっき駒様が入って来た時、皇、急いでオレに布団を掛けたのか……。
「熱は下がったようだが今日は休め。そなたのノートは、余が書いておく」
「え?」
「夕方、ノートを持って見舞いに参る。今日はゆっくり寝ておれ」
「ん。ありがと」
皇は、オレの熱をはかるようにおでこに乗せていた手で、オレの頭を軽く撫でると、ふっとキスをして部屋を出て行った。
そのあとすぐに母様が診察に来てくれて『もう大丈夫だろうけど、千代が学校を休ませろって言ってたから、休んでゆっくり寝てること』と、オレの頭を撫でて帰って行った。
お昼ご飯を食べてから、ずっと皇が来るのを待っていたのに、夕方、ケーキと一緒にノートだけが本丸から届けられた。
「え?」
つい驚いたオレに『若様は急用でいらっしゃれないそうです』と、いちいさんが眉を下げた。
「そう、なんですか」
急用じゃ、仕方ないよね。
お館様について仕事の勉強をするのは終わったとはいえ、皇、鎧鏡家の次期当主だし、何かと忙しいんだろう。
皇が書いてくれたノートをペラペラとめくると、現国の最後のページに『早う良くなれ』と、書かれていた。
「もう、良くなってるよ」
そんな言葉もすごく嬉しくて、胸があったかくなったけど……お前に、会いたかったよ。
ともだちにシェアしよう!