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駒楽誓晴詠楽梅晴雨⑦

「今回の特別措置に関しましては、私が原因の発端です。申し訳ございません」 「え?な……やめてください!駒様!」 「晴れ様の誕生日の翌日……私が桐の丸に若様をお迎えにあがらなければ、このようなことにはなりませんでした」 大老様にそんな注進をしたのは、間違いなく桐の丸の関係者で、駒様があの日桐の丸に皇を迎えに行かなければ、皇がオレのところに泊まったことが、桐の丸の人たちに知られることはなかっただろうと、駒様はもう一度深く頭を下げた。 駒様の話を聞きながら、期末テスト初日に、塩紅くんに謝られたことを思い出していた。 『うちの一位がすごい怒ってて』って……塩紅くんが言ってたこと。 さっきまですっかり忘れてたのに、今、それがこのことを言っていたのかと、他人事みたいに、謎が解けた気分になった。 桐の一位さんが、大老様に注進したってことなんだろう。 駒様は土下座までしてオレに謝ってくれてるけど、オレは不思議と冷静だった。 いちいさんがオレのためにこんなに怒ってくれるのを見てたら、桐の一位さんだって、塩紅くんのために怒って当たり前だよねって……思ったから。 大老様に注進したのが誰か、駒様は知らないのかもしれない。だったら、桐の一位さんが注進したんだろうなんて、あやふやなことは言わないでおこう。 とにかく、まずは駒様の土下座を止めないと。 「あの……駒様この前、皇がうちに来たことを報告しなかったって謝ったいちいさんに、言ってたじゃないですか。そんなことで謝るなら、自分も謝らないといけないって。駒様がそんなことでオレに謝るなら、もともとは風邪をひいたオレのせいだって、オレも謝らないと……」 「雨花様……」 「私も、駒様に謝罪頂きたいわけではございませんが、このような決め事を、事前に何の連絡もないまま決定したとご報告だけいただいても、雨花様の一位として到底納得できることではございません。私が直接、大老様のもとに……」 「いちいさん」 「……はい」 オレは、いちいさんの言葉を途中で遮って、まだ土下座をしている駒様の腕にそっと触れた。 「駒様、本当に頭を上げてください。あの、オレ……駒様に謝ってもらう理由もないのに……こんなことさせて、ごめんなさい」 「雨花様……」 いちいさんは納得していない顔をしているけど、いちいさんが大老様に直訴なんかしたら、困るのはきっと……皇なんだ。 「いちいさん、ありがとうございます」 「え?」 「いちいさんが先に怒ってくれたから、オレ……何か冷静に考えられた気がします」 「雨花様……しかし……」 「皇が了承したんですよね?だったら……オレもそれに従います」 皇は大老様に逆らえないって、前、母様が言ってた。 大老様が決めたことにうちが反対したら、皇がきっと困るよ。 もともとは、タイミング悪く塩紅くんの誕生日に風邪をひいたオレのところに、皇が来てくれたのが原因で、作られた規則ってことなんだろうし。 「ほら、駒様がそんなことするから、うちのいちいさんも大変なことみたいに思っちゃうじゃないですか。皇とは学校でも会えるんだし……。家臣さんたちからしたら、二年あとから入って来た候補様とも、もっと親睦を深めて欲しいってこと、ですよね?」 駒様は何も言わずすっと立つと『ご成長なさいましたね』と、眉を下げた。 駒様を最初に見た時、すごいカッコイイ人だなぁって思ったことを思い出した。 オレにとって駒様は、色んなことを教えてくれて、遠慮なく怒る『怖い先生』だけど、そんな顔をしていると、ただのカッコイイお兄さんだ。 「オレだけが特別、冷遇されたわけじゃないんだし。逆に、何の落ち度もないのに、渡りを減らされた駒様やふっきー……誓様、梅ちゃんに申し訳ないです。ごめんなさい」 頭を下げると、駒様は『雨花様』と、一歩近付いて、オレをじっと見下ろした。 「はい?」 「私に対しては、申し訳ないと思わずとも結構です」 「え?」 「私は、候補の前に上臈(じょうろう)でございますので」 「……」 候補の前に上臈だからっていうのは……前にも何度も聞いてる。 上臈っていう仕事だから、候補として皇を好きな気持ちは後回しにしないといけないってことだと、思ってた。 私に申し訳ないと思わなくていいっていうのも、何度も聞いてる。 それも、オレが気にしないようにそう言ってくれてるんだと思ってた。 でも……今のはそういう意味じゃ、ない気がする。 「駒様……皇のこと、お慕いしておりますって……」 言ってましたよね?駒様も、好き……なんですよね?皇のこと。 「家臣はみな、若様をお慕い申し上げております」 「え……」 家臣として?一人の人間として……じゃなくて? 駒様はにっこり笑うと『お支度ください』と、部屋を出て行った。

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