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駒楽誓晴詠楽梅晴雨⑧

「雨花様、お早くお仕度なさいませんと、遅刻です」 「うおっ!」 それ以上考えている暇もないまま、オレは期末テスト最終日の学校に行くため、大急ぎで支度を始めた。 期末テスト最終日の今日は、一限だけで終わりだ。 テストが終わるとすぐに、ふっきーが教室を出て行った。 ふっきーの出るなんちゃらオリンピックは、夏休みに開催される。 ここのところふっきーは、先生たちとの打ち合わせや指導がたくさん入っているらしく、忙しそうだ。 オレのほうはといえば、二学期早々の生徒会の役員選挙まで、会計処理をちょいちょいするだけで、生徒会の仕事でそこまでバタバタするような行事はない。 今日はこのまま帰ろうと支度をしていると、皇がオレのところにやって来た。 「来い」 「え?」 皇がオレの腕をひいた時、ガラッと教室のドアが開かれた。 「すめくん」 天戸井だ。 オレの腕を掴んでいる皇を見て、顔をしかめた天戸井は、タタっとこちらに駆け寄った。 「この前話した経済本、持って来ましたので一緒に帰りませんか?」 「すまない。……先生に呼ばれておる」 「あ……わかりました」 天戸井の怖い視線を受ける前に、皇はオレの腕を強くひいて、教室を出た。 「ちょっ……先生に呼ばれてるって、オレも?」 「……」 皇は黙ったまま、生徒会室棟専用エレベーターに乗って、最上階のボタンを押した。 「え?先生って……」 「黙ってついて参れ」 「……」 先生が呼んでるなんて、もしかして、嘘? 零号温室につくと、皇はソファにオレを座らせて、自分もすぐ隣にどっかり座り込んだ。 やっぱり先生に呼ばれたなんて、嘘なんだ。 「何?」 嘘まで吐いて……。 「通達を受けたであろう?」 「え?あ……うん。朝……駒様が来て、聞いたけど」 だから何?通達を受けたからなんだっていうんだよ? 皇からそんなことを聞かれた途端、無性に腹が立ってきた。 さっきまでずっと、平気だったのに。 なんでお前が今更オレにそんなこと聞くんだよ。あの新しい規則でいいって言ったの、お前のくせに。 って、何怒ってんの?オレ。 オレだって、それでいいって納得したくせに。 「そなた、どうも思うておらぬのか?渡りが減っても、そなたにとっては……事もなげということか?」 「はぁ?」 何それ? 何だよ、それ! それはこっちのセリフだろうがっ! 「お前がそれでいいって言ったんだから、オレがとやかく言えることじゃないだろ!若様がいいって言ったことに、オレが物申しちゃったら……困るの、お前だろうって思ってオレは……」 桐の一位さんが怒るのも、大老様がそんな規則を作るのも、みんながそれに賛成するのも当然だよなって……自分でもそれでいいって納得したんだから、皇を責めるのは見当違いだよなって、か思うけど……。 だって、めちゃくちゃムカつくよ! 渡りを減らされても事もなげ……なんて……。 オレだって、事もなげでいたいよ!バカ! 渡りが減らされたって、学校でも行事でも会えるし……とか、会える日のことを考えようとしてたのに! お前にそんなこと聞かれたら……もうすぐ夏休みなのにとか、会えないほうばっか心配になってくるだろうが! 渡りが減らされても、事もなげ?! ホント、ムカつくよ!人の気も知らないで! 「では、渡りが減らされたことは、そなたにとって喜ばしいことではないのだな?」 「何でそういうこと聞きたがるんだよ!……自分は何にも言わないくせに!」 「……何をだ?」 「お前はどういうつもりで、あの新しい規則に賛成したわけ?オレからしたらお前こそ!……古い候補への渡りが減って喜んでるんじゃないのかって思うよ!」 こんなことを聞いて『そうだ』なんて言われたら、どうする気なんだろう?オレ。 「……誠にそう思うておるのか?」 本当は、全然そんなこと、思ってない。 本当は皇は……渡りが減って喜んでるわけなんかないって信じてるから、こんなことが聞けるんだ。 でも……だってお前がそんなこと言うから、ムカついたんだよ! 「お前が先に変なこと、聞いてきたんだろ!」 「余の問いに答えておらぬ!」 「お前だって答えてない!」 「黙れ!」 ソファにオレを押し倒した皇は、その勢いのままに、唇を重ねた。 「んっ!」 「喜ぶわけなかろう!そのような……売り言葉に買い言葉とて、そなたの口から聞きとうない!」 「オレだって!」 「……何だ?」 「……嬉しいわけないだろ!バカ!」 オレを見下ろす皇を睨み上げると、一瞬目を見開いた皇が、ふっと表情を緩めて……今度はゆっくり……唇を重ねた。

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